第二十三話 守衛さん※挿絵あり
並木のある坂を上がっていくと、それは突如姿を現した。
「…………」
その姿に圧倒され、言葉も出ない。
……お城。ようやく紡ぎだしたのがその言葉だった。
青い屋根、灰色の壁のその建物には幾つもの尖塔が立ち、歴史を感じさせる佇まいは近寄りがたいほどの崇高な雰囲気を纏っていた。
想像してたよりずっと大きい。建物まではまだ離れているのに、上を向かないと尖塔の先まで見えない。
わたしの住んでいた家の近くに、国立の大学があったけれど、その数倍はある。
敷地も半端なく広い。東京ドーム何コ分、ってやつ?
というか、どこまでが敷地なのだろう。建物の周りを囲む見渡す限りの芝生。対岸が霞むほどの湖。そしてその湖を取り囲むようにして森が広がっていた。
湖と森を背に、そびえるその姿――威風堂々とはこのことか。
「やった……」
ようやくそれだけ口にする。でも、次の言葉が出てこない。胸が詰まって、ため息しか出ない。
かわりに、わたしは両手を拳にして高く掲げた。
胡桃沢美音15歳、とうとう魔法学校にたどり着きました!
◆
石のアーチでできた門の前で、わたしはしばし逡巡していた。
(何をしてるニャ。さっさと入れ)
「勝手に入ったら怒られないかな……」
(虎穴に入らずんば虎子を得ず。魔法を学びたいニャら入るがよい)
「……そうね、せっかくここまで来たんだもの。当たって砕けろよ」
わたしは一つ深呼吸をして、目の前にある石のアーチをくぐる。
そのときだった。
「ちょっとまった、そこで何してる?」
背の低い、小太りのおじさんが中から現れた。甲冑を身に纏ったそのおじさんは、かちゃかちゃと音をさせながら、走ってきた。
ずんぐりむっくりした体型と、髭もじゃの顔にどこか愛嬌を感じる。
「こんな時間に何だ。もう、みんな、下校した後だぞ」
「あの……」
「校章をしていないな。お前さん、生徒じゃないだろう。一体何しにここへ……」
おじさんは眉間にしわを寄せている。不審者だと思われてる? このままじゃ、追い返されて終わりだ。まずい。
わたしは思い切って言った。
「あの、わたし、この学校に入りたいんです!」
思ったよりも、大声が出た。あたりに自分の声が響きわたる。
まずかったかな……最初の印象が重要なのに。わたしは後悔したが、もう遅い。
おじさんは口をパクパクさせている。わたしが急に叫んだから、驚いて言葉が出てこないみたいだ。
「お願いします。ここに、入学させてください!」
とにかく、もう後戻りできない。わたしは、深く頭を下げて、頼み込んだ。必要とあらば、土下座でも何でもするしかない。魔法のためだ。それくらいのこと……。
「……わかった、わかった」
と、おじさんはようやく声を取り戻し、
「ついてこい」
と言って歩き始めた。わたしはおじさんの後について、構内に足を踏み入れる。
大きな校舎を左手に見ながら、広い校庭を歩く。おじさんはずんずん進んでいく。わたしはきょろきょろと、本当に不審者みたいに周りを見回しながら、歩く。
(……ふむ。この建物はかなりの年代物だニャ)
苔むした石でできている校舎の壁を見てにゃあ介が言う。
「どれくらい前に建てられたものなんだろう?」
校舎の壁を触ってみる。大きな石を積み重ねた壁がどこまでも上に続いている。
(わからニャい。ただ、この魔法学校は相当古いようだ)
そんなことをしていると、甲冑のおじさんに段々引き離されていることに気づいた。おじさんは小さいのに足が速い。わたしは遅れないように、早足になる。
高台から見えた、高くそびえる塔が、近くに迫ってくる。
(ふーむ、あの高さから飛び降りたら流石のワガハイでも無事では済まニャいかもしれん)
「あたりまえでしょ。ビル何階建てだと思ってるのよ」
のけぞるようにして塔を見上げながら歩く。
(10階くらいなら死なない自信はあるニャ。試してみるか?)
「却下!」
にゃあ介としょうもない会話をしていると、
「おい、はやくしろ。そっちじゃない」
と、おじさんの声が飛んでくる。
見ると、おじさんは、塔から少し離れたところにある、横長の建物の前にいた。
「ここが事務棟だ。編入試験を受けたいなら、ここで手続きしろ」
編入試験……。大丈夫かな、難しくないかな。不安になる。
「試験、あるんですか」
「ああ、毎月やってる。入学したいっていう者が多くてな。難しいから覚悟しろ」
やっぱり、難しいんだ。自信ないな……。
ううん。そんなこと言ってられない。入学したいなら、頑張るしかない!
「ありがとうございます! わたし、ミオンといいます」
わたしがお礼を言うと、おじさんは頭に手をやり、兜の上からぽりぽりと掻きながら、初めて笑った。
「オレはドワーフのガーリン。この学校の守衛だ」
「守衛……」
「さあ、行け、ミオンとやら。早くしないと、事務が閉まるぞ」
「あ、ありがとうございました、ガーリンさん!」
わたしはもう一度お礼を言って、事務棟の中へ走ったのだった。




