第二百三十話 エオル先生の話
「大魔導士の求めた薬草について、私の知っていることはすべてお話しさせていただきましょう」
そう言うと、エオル先生は空を仰いで太陽の位置を確認した。
「……まだ時間はありますね。すこし長くなるかもしれませんが、かいつまんで話しましょう」
そしてエオル先生の話が始まった。
「大魔導士は、旧極魔法を求めて各地を旅して回ったと、伝承されています」
わたしはエオル先生の話を一言も聞き漏らすまいと、耳をそばだてる。
「それは太古の昔に失われた魔法。現在では失われてしまった魔法や魔術はいくつかあります。旧極魔法とは、それらの中でも、特に強力で特別な力を持つ魔法を指します。その力は絶大で、あらゆるものを凌駕すると言われています」
エオル先生の声には熱が入っていた。
「大魔導士は旧極魔法の力を手に入れるために、いくつかの魔力を秘めた素材を探し求めました」
「ヴァルリヤ石、ですね」
「そうです。ひとつは、ヴァルリヤ石。えんじ色の宝石で、今ではカライという村の特産となっています。その様子ですと、すでに……」
「はい、手に入れました」
セレーナが言う。
「そうですか……本気なのですね」
エオル先生は複雑そうな顔をする。
それから先生はちょっと間をためて、
「必要な素材は他にもあります。それが私が著書に記したもの……青みがかった緑色の薬草」
と言った。
「アルテミア高原でとれる、アプシントスと呼ばれる薬草です」
「アプシントス!?」
リーゼロッテの顔が曇る。
「どしたの? 手に入らないの? そんなに希少な薬草なの?」
わたしは訊ねる。
「アルテミア高原って、たしか……」
セレーナが言う。
リーゼロッテがこう答えた。
「そう、アルテミア高原は魔族領にある」
◆
「魔族領はとても危険なところです」
エオル先生は言う。
見張り小屋の前から見える日は、すでに傾き始めていた。
エオル先生の横顔が赤く照らされている。
その表情はどこか物憂げだ。
まるで遠い昔のことを思い出しているみたいに。
「私の著書、『秘薬のための秘密の薬草、その用途と生息域』。あれが禁書となった理由も、そのあたりにあると思われます」
エオル先生は続ける。
「アプシントスは魔族の領域でしか生育しません。極めて貴重なもので、入手は難しいでしょう」
静かにこう言う。
「……これであきらめはつきましたか?」
エオル先生の言葉に、わたしたちは黙り込む。
しばらく沈黙が続いたあと、わたしは言った。
「行くしかないでしょ!」
「え?」
「その昔、大魔導士さんは手に入れたんでしょ?」
「まあ、そうだな」
「じゃあわたしだって手に入れる! 大魔導士になる夢を、こんなところであきらめるわけにはいかないもん」
エオル先生は大きなため息を吐く。
「どうしてもと言うなら、ひとつだけ忠告があります」
「なんでしょう?」
「魔族に出会ったら、戦おうなどと思わないでください。魔族は強い。そしてその頂点である『魔王』はもっと……」
「戦うつもりなんてありません」
「それならばいいんですが……」
エオル先生はまだ何か言いたげだったが、これ以上言っても無駄だと悟ったのか、口をつぐんだ。




