第二百二十一話 180度
生徒たちの下校し終わった魔法学校の広い敷地には、心地よい風が吹いている。
わたしたちはガーリンさんの見張り小屋の前で、採ってきた木材を切り出していた。
「はい、ガーリンさん」
「ほい、ご苦労」
その木材を、ガーリンさんが設計図通りに組み立てていく。
「さあ、どんどん切ってくれ」
「う、うん」
ガーリンさんに言われた通りに切り出すだけなのだが、なかなかどうして骨の折れる作業だ。
わたしがノコギリを持って悪戦苦闘していると、木材を押さえているリーゼロッテが話し始めた。
「昨日もずっと考えていたのだが」
「なにを?」
汗を拭いながら訊ねる。
「闘魔術だよ」
「もう! リーゼロッテは頭使い過ぎだってば」
わたしが言っても、
「いったいどうやって魔法を契約するのかについてなんだが……二人はどう考えている?」
全然聞いてない。やれやれ。
「やっぱり魔法陣を描いて、魔物と契約を結ぶのではないかしら?」
と、反対側で木材を押さえているセレーナ。
「それなんだ」
リーゼロッテは言う。
「魔物と精霊は住む世界がちがう」
「たしかにそうだわ。精霊界とはちがうわね」
「魔物は、いわば、我々と同じ世界に住んでいる」
「ふんふん。魔物は普通にこの世界で生活してるみたいだよね。精霊はどこにいるのかよくわかんないけど」
結局、わたしも興味をひかれ、手を休めて話題に乗ってしまう。
「そのとおり。魔物は我々と地続きの世界で生きている。極論すれば、人間と魔物に、それほど違いはないはずなんだ」
それからリーゼロッテは顎に手を当て、
「そんな魔物と、精霊と同じように契約が結べるのだろうか? 魔法陣があれば、魔物と契約できるのか?」
「うーん」
「そもそも、契約とは精霊と人間が結ぶもの。魔物と人間が契約するなんて……」
リーゼロッテは続ける。
「そして召喚についてだ。召喚というからには、戦いの場に魔物を呼び寄せる魔法のはず……だが、契約した魔物はどこからやってくる? 魔法を唱えた瞬間、別の場所にいる魔物が、空間を移動してくるのか?」
「うーん、それじゃテレポーテーションだね」
「文献に魔法陣が残っていないのも気になる」
リーゼロッテはこう締めくくる。
「精霊を魔法陣で呼び出したりするのとは、何か違う気がしてならないんだ」
「……にゃあ介?」
わたしはにゃあ介に意見を求める。
(論理的でなかなかよい考察だニャ)
「ミルは、なんて?」
「よい考察だって。あっ……ノコギリがかんじゃった」
木材の溝に挟まって、ノコギリがうまく進まない。
一度引き抜いて、反対側から切り進めることにする。
「よいしょっと……ねえにゃあ介、なんかもっとアイデアちょうだいよ」
わたしはノコギリを握り直し、原木をゴリゴリ削り始める。
(考え方を180度変えてしまった方がいいかもしれニャい。そのノコギリのように)
「180度変えるって?」
(たとえば、召喚魔法の存在自体を疑ってかかったらどうニャ?)
ノコギリを握る手がまた止まる。
「闘魔術が存在しないってこと? そんな訳ないでしょ」
(わからニャいが、そういう先入観も捨てた方がいい、と言っているニャ)
わたしの言葉を聞いていたセレーナがつぶやく。
「魔物学の第一人者であるガルバルド先生が信じているのだし、やはり闘魔術は存在するのじゃないかしら……」
リーゼロッテが呟くように言う。
「存在するのに、存在しない……」
「リーゼロッテ、言ってること矛盾してるよ」
「まてよ、あるいは……」
「はて、まいった」
ガーリンさんが頭を掻きながら言う。
「どうしたの? ガーリンさん」
「釘が足らんのだ。補充するのを忘れとったわい」
「買ってきます!」
わたしは言う。
「そうか。そんなら今日はとりあえずここまでにするか」
わたしはノコギリをガーリンさんに返し、言う。
「じゃあ今度までに釘を用意してきます。ありがとうガーリンさん!」
ガーリンさんの小屋を後にしながら、リーゼロッテはくやしそうにこう叫んだ。
「ああ、いまにも何か思いつきそうなのに!」




