第二十一話 乗合馬車※挿絵あり
馬車の乗り場を見つけるのは簡単だった。
馬が目立っているので、すぐにわかった。
「わ、銀色の毛。綺麗な馬……」
初めて見る異世界の馬に感動して、わたしが触ろうとすると、にゃあ介が言う。
(やめとくにゃ。不用意に近づくと、蹴られるぞ)
慌てて手を引っ込める。よく見ると、たしかにその馬は、「ブフ、ブフ」と鼻息荒く震えている。
でも、こんな銀色の馬、乗りこなせたらすてきだろうなあ。
乗馬なんて一切したことのないわたしだったが、その馬に乗って、草原を駆け回ることを夢想せずにはいられなかった。
いつか、自分の馬、欲しいな。
「この馬車は学園都市ルミナス行きだよ」
その言葉に、現実に引き戻される。現実というか、異世界に。
「学園都市! 乗ります乗ります」
乗車賃を払って乗り込むと、すでに中には、何人かの人が腰を下ろしていた。シルクハットらしきものを被った紳士、それに小さな男の子とその母親。
わたしも腰を下ろし、
「わあー。わたし馬車に乗るの初めて」
と感激していると、
「おねいちゃん、何で頭に耳が生えてるの?」
子供が無邪気に聞いてくる。
「こら、失礼でしょ。……ごめんなさいね」
母親らしき人が謝る。
「あ、いいんです」
耳が生えてるのは事実だし。わたしは子供に微笑みかける。すると……。
「エー」
と、あっかんべえをされた。頭の中で、ぴき、と音がする。しかし、にこやかに笑って受け流す。
ふふ、どうだ。この華麗なスルー。こんなことで大人のわたしは怒らないのよ。
それにしても、こっちの世界にもあかんべえがあるのね。妙なところに感心する。
「こら!」
母親がまたたしなめる。ほーら、怒られた。すると子供は、わたしに向かって言った。
「ばーか」
ば、ばか? ……ぴきき。
わたしが顔をひきつらせていると、馭者さんの、
「発車します」
の声が。と同時に馬がいななき、馬車が動き始めた。
それでわたしの機嫌もなおる。
ガタゴト、と大きく車体が揺れ、窓の外の景色がゆっくりと、流れ出す。
すごいなあ。わたしは現実世界の「タクシー」に思いを馳せる。タクシーって、速いし揺れないけど、情緒がないよね?
……そんな風に思っていた時代がわたしにもありました。ええ。
それが今や、何というか……まあ……
揺れすぎ!
いやいや、揺れすぎだから!
何なのこれ。やっと船から降りたと思ったらまた揺れるの? 異世界は揺れるの好きなの?
「おっぷ」
わたしが口を押さえて耐えていると、さっきの子供が指をさして笑っている。
うふふーかわいいねー、……食べちゃいたいくらいに。
殺気を感じたのか、男の子は母親にしがみついてぐずりだす。
シルクハットの紳士は、無言で宙を見つめている。
ああーもう、勘弁して! これ、いつまで続くの。
いい加減うんざりしてきたところに、馭者さんが耳を疑う言葉を発する。
「ここから道が悪いので、少々揺れまーす」
ひーん。
しばらくして馬車が止まった。
もう着いたのかな、と思ったが、どうも違うらしい。
代わりに、一人の女の子が乗ってきた。わたしと同じくらいの年じゃないだろうか。
金色の髪の毛をカールさせ、ひらひらとフリルのついた服を着ている。
その整った顔立ちに、いかにも育ちの良さそうな所作。
きっとどこかのお嬢さまだ。大会社とか、貴族とか?
「あら」
その子は席に腰掛けた後、わたしに気づくと言った。
「あなたももしかして、魔法学校に行くんですの?」
話し方もやっぱりお嬢さまっぽい。
「えっ、あなた生徒さんなの?」
その子にわたしが訊ねると、
「いずれはね。編入試験を受けに行きますの。あなたは?」
「編入試験……うん、わたしも受ける! 一緒に頑張ろう?」
「え? あ、え、ええ……」
何だか戸惑っているその子に、わたしは言った。
「わたしミオンっていうの。あなたは?」
「わたくし、セレーナ=ヴィクトリアスと申しましてよ。……ミオンさん、お互い頑張りましょうと言いたいところですけれど、試験ていうのは勝負なのよ。負けませんからね」
「うん、わたしも負けないように頑張る! ありがとう」
「あ、ありがとう……?」
セレーナはまた戸惑っている。
「どうしたの?」
そのときだった。馬のいななきが聞こえたかと思うと、馬車が大きく揺れ、停まった。
「どうしたんです?」
セレーナが窓から馭者に訊ねる。
馭者は緊迫した声で答えた。
「魔物だ」




