第二百十八話 新しい黒魔法
「今日は諸君に新しい魔法を紹介しよう」
翌日、黒魔術の授業のとき、ヒネック先生は教室に入ってくるなりそう言った。
「えっ、新しい魔法?」
わたしは一気に興味をそそられる。
水の魔法、炎の魔法と習ってきたから、次は氷の魔法? 雷の魔法かな?
だが、新しい魔法はわたしの予想とはすこし違っていた。
ヒネック先生は教室の前で、生徒たちを見渡しながら言う。
「諸君はこう思ったことはないか? 相手の本心を知りたいと」
先生は声のトーンを落とす。
「近寄ってくる人間の下心、思い人の心の内、にっくき敵の本音はどこにあるのか」
皆静まり返り、すこし薄暗い黒魔法の教室に、ヒネック先生の声だけが響く。
「ビューイング」
先生は言った。
「思念を照覧する……つまり、心を読む魔法だ」
教室内がざわつく。
「心を読むだなんて……」
(いかにも黒魔法らしい魔法だニャ)
「使い方さえ間違えなければ、これほど有用な魔法はない。……無論、悪用は禁ずるがな」
ヒネック先生はくっくっと笑う。
「それでは実演して見せよう」
「君、名前は」
「あ、あの……エクアルです」
ヒネック先生に指名された男の子が、そう答える。
「そうか。エクアル、楽にしたまえ」
先生は微笑む。
「今から君の心を読む」
「え、ちょ、ちょっと……」
とまどうエクアルに先生は近づき、両手を広げる。
「ビューイング!」
「……ひっ」
びくっと身体を硬直させるエクアル。
「心を読むと言っても、考えていることを書物に書かれた内容のように読み取れるわけではない」
エクアルはできるだけ先生から離れようと、椅子に座ったままのけ反る。
「この魔法でわかるのは、対象の感情。相手が感じている衝動、気分、情緒といったものが、己の頭に流れ込む」
ヒネック先生は目を閉じ、話す。
「また、心を閉ざすことにより、ある程度この魔法に抵抗することができる……が、術者の魔力が強ければ強いほど、抵抗も難しい」
眉を上げ、
「ほう? すごい緊張感だ」
エクアルがあまりに後ろへ下がろうとするため、椅子が倒れそうになる。
「そんなに怖がらなくてもよい」
くすくす笑いが漏れる。
「おお、今度は恥の感情」
先生は目を開いて、大げさに言う。
「恥ずかし過ぎて、穴を掘って隠れたいくらいだ」
「……ちょっと、やりすぎじゃない?」
わたしは先生の意地悪なやり方に腹が立ってくる。
(あまり好意の持てるやり方ではニャいな)
にゃあ介の口調からも、苛立っているのが伝わってくる。
「早くこの状況から逃げ出したいと思っているようだな」
「そんなの、魔法を使わなくたってわたしでもわかるよ」
「ミオン、しっ」
セレーナがたしなめるが、遅かった。
ヒネック先生の目が、ぎろり、とわたしを向く。
ヒネック先生が、カツカツと足音を立てて近づいてくる。
わたしの前までくると、両手を広げ、唱えた。
「ビューイング!」
先生はじっとわたしを見て言う。
「これは……怒りの感情?」
わたしは先生から目をそらさない。
「反抗的な目だな」
先生は鼻を鳴らし、言う。
「この魔法が効果を発揮するのは、人間だけではない」
「どういう意味ですか」
わたしが食ってかかると、
「魔物にも通用する、と言っているのだ。それとも何か、『人間ではない』という言葉に、心当たりがあるのかな?」
「先生~、そいつ獣人です」
ケインの声。
それから下卑たくすくす笑いが聞こえてくる。
わたしの頭に一気に血が昇る。
にゃあ介は黙っている。
もしかすると、ビューイングでにゃあ介の存在が読まれるのを警戒しているのかも。
でも、あんまり腹が立ったから、わたしはありったけの怒りを先生に向けてやる。
先生が一歩下がる。
「教師に歯向かうつもりか?」
「あら、何でしょう。わたし、何も言ってません。それとも何か、生徒に歯向かわれるような、心当たりでも?」
先生の顔が歪む。
くるりと振り返ると、話し始める。
「この魔法は、魔物相手には、あまり使い勝手がよくない」
先生は言う。
「基本的に、魔物は順を追って考えたりしない。結果、術者によくわからない思念が流れ込むので、逆に混乱してしまう」
そして笑う。
「魔物の思考は野蛮なので、洗練された人間の脳には負担なのだ」
「獣人も野蛮で洗練されてないと思いまーす」
ケインが乾いた笑い声をあげる。
わたしの奥歯は、ぎりぎりと音を立てそうだった。
◆
「もーっ、何なのよ! アレ」
ぷんすか腹を立てて歩くわたしを、セレーナとリーゼロッテがなだめる。
「まあまあ、ミオン。気持ちは分かるけど、授業中に喧嘩してはダメよ」
「ああ、場合によっては落第させられるかもしれない」
「でもさ!」
わたしは怒りを通り越して悲しかった。
みんなの前であんな言い方をされるなんて……。
「そうカッカするニャ。切り替えるニャ」
にゃあ介が言う。
「にゃあ介は悔しくないの? あんな言われようして」
「ん? 知識も教養もあるワガハイは野蛮ではニャい。あれはミオンに向けて言った言葉ニャろ」
「なるほどなるほど、そうだよね……って、ちょっと!」
慌ててつっこむ。
「わたしだけ野蛮人みたいじゃない!」
セレーナとリーゼロッテはそんなわたしたちのやり取りを見て、笑いをこらえている。
「自分が野蛮ではないと思っているのなら腹を立てる必要もニャい」
「むむむ……」
「ふーっ」
わたしは思いっきりため息を吐いて、
どん、と胸を叩く。
「腹が立ったから、もう忘れる!」
セレーナとリーゼロッテが肩をすくめる。
口に出してみると、本当に気分が切り替わったような気がしてくるから不思議だ。
言霊……そもそも言葉には、元来、魔力みたいなものが備わっているのかも。
わたしはすたすた歩き始める。
「さ、闘魔術について訊きにいこう」




