第二百十六話 贈り物
「たしかに瑠璃鉄鉱だわ……」
セレーナが、受け取った石をためつすがめつしながら言う。
石の表面に、瑠璃色の成分が浮き出ている。
「もしかしたら、この辺りにかたまっているのかしら」
わたしはもう一度セレーナから石を受け取ると、傾きかけた太陽にかざす。
陽に反射してきらきらと光る紫っぽい青が美しかった。
「ほんとだ……きれい」
がぜん、やる気が出る。
「もっと掘ろう!」
わたしは早速その周りをつるはしで叩き始める。
「えい!」
ごろり、と落ちた石には、やはり目立つ瑠璃色の成分が浮かび上がっている。
「あっ、またあった!」
「やっぱりだわ……瑠璃鉄鉱の鉱床よ!」
わたしたちは一心不乱につるはしをふるい続ける。
「エンヤコラ、エンヤコラ!」
「変な掛け声ね」
小一時間後、わたしたちの足元には、かなりの量の石が積まれていた。
「この量なら、ハンマーにもできそうね!」
「うん!」
◆
「ハロルドさん!」
「なんだ、騒々しい」
武器屋のカウンター。
ハロルドさんが眼帯をしていない方の目で、ギロリとわたしたちを睨む。
スキンヘッドに筋骨隆々、二メートルの長身は、座っていても大迫力だ。
ふつうだったら、これだけでそこらへんの女の子はすくみ上っちゃうくらいコワイ。
けれど、わたしはハロルドさんのやさしさを知っている。
「瑠璃鉄鉱、採れました!」
わたしはカウンターにごとり、とこぶし大の石を載せて見せる。
ハロルドさんの眉がぴくりと動く。
「ほう?」
ハロルドさんが石を手に取る。
「たしかに、いい瑠璃鉄鉱だ。……だが、これだけでは」
わたしとセレーナはにやりと笑うと、ぱんぱんに詰まった布袋を持ち上げる。
「まだあります!」
布袋をひっくり返す。ゴトゴトと瑠璃鉄鉱が転がり出てくる。
見る見る間に、カウンターに山ができる。
「お望みとあらば、まだ採ってきますけど」
わたしが言うと、ハロルドさんは、
「いや、これだけあれば十分だ。……仕方ない、ガーリンの奴のために、ハンマーをこさえてやるか」
「ありがとうございます!」
わたしたちは同時に頭を下げる。
「もちろん、ただではない」
「え?」
「くっくっくっ……当たり前だろう? 果たしてお前たちに耐えられるかな」
ハロルドさんが立ち上がると、その眼帯が鈍く光る。
ごくり、と唾をのむわたしたち。
彼はこう言った。
「俺がハンマーを作っているあいだ……店番をしていてもらう!」
きょとんとしているわたしたちを見て、ハロルドさんは満足そうに高笑いするのだった。
数日後、ハンマーは完成し……そしてリーゼロッテの設計図も完成した。
◆
「これが設計図……!」
ガーリンさんの見張り小屋。
狭い部屋に四人が集まっていて、設計図が机の上に広げられている。
わたしたちはリーゼロッテとガーリンさんが完成させたその設計図を、じっくりと眺める。
最初にリーゼロッテが描いたものも十分いい設計図に見えた。
だがこれには、各部品ごとに細かく形や寸法、材料などに加え、工程や仕上げの仕方なども書き込まれている。
「ひえー、細かい!」
これを見ながらだったら、材料さえあれば、何を作るのか知らない人でも製薬機を完成させられそうだ。
「私の力ではない」
「何を言っとる! わしは教えただけ。これは全部お前さんがこしらえたんだ」
照れくさそうに、頭を掻くリーゼロッテ。でも、目は笑っている。
その表情から、設計をやり遂げた嬉しさが伝わってくる。
「これならきっとエオル先生もうならせる製薬機ができるよ!」
わたしは請け合う。
と、セレーナがわたしに目配せするのに気づく。
わたしはうなずいて、
「ねえ、ガーリンさん。受け取ってほしいものがあるんだ」
ガーリンさんに布袋を手渡す。
「なんだ?」
布袋から中身を取り出すガーリンさん。
「ほう、いいハンマーだ」
ガーリンさんはしばらくハンマーを調べているが、やがてその顔色が変わる。
「この光沢は……」
「へへ、瑠璃鉄鉱だよ!」
「ルミナス北西の岩山で見つけたんです」
「こいつは驚いた! たしかにあの岩山には瑠璃鉄鉱が含まれているとは聞くが……その量はほんのちぃっとだったはず」
「ミオンと二人で掘りましたの」
「えへへ、けっこう時間かかったよ」
「なんと!」
「ハンマーの造成はハロルドさんにやってもらったんだ」
「ハロルドに? ……あいつめ」
ガーリンさんは続ける。
「しかしこんなもの、ただでもらうわけには……」
「ただじゃないよ!」
わたしは言う。
「わたしたち、ガーリンさんにお世話になりっぱなしだもん」
「そんなこたぁ……」
「いいえ。ガーリンさんのしてくれたことに比べれば、これくらい大したことではありませんわ」
「うん。ハンマーの一本や二本じゃきかないね!」
「…………」
ガーリンさんはうなずいて、
「これはありがたくいただこう。大事に使わせてもらう」
と神妙な顔で言う。
「しかし、大変だったろう。これだけの量の瑠璃鉄鉱を探し当てるのは」
「ええ、まあ」
「ちょっとね」
「二人とも、私が設計を教わっているあいだ、そんなことをしていたのか」
リーゼロッテが目をぱちくりさせて言う。
「すまない。私だって岩堀りに参加しなければならなかったのに」
「何言ってるの!」
「私たちが掘っている間、あなたは必死で勉強して、こんなすばらしい設計図を書き上げたんじゃない!」
「そうだよリーゼロッテ。これはわたしたちじゃできないことなんだから!」
「そうだ、お前さんはよく頑張った。その熱心さには、わしも驚いたわい」
リーゼロッテに笑顔が戻る。
「そうか、ありがとう」
わたしは思う。
贈り物をして、やっぱりよかった。
みんな喜んでる。ガーリンさんもリーゼロッテも、わたしもセレーナも。
幸せな気分でガーリンさんの方を振り返ると……
「あれ、ガーリンさん泣いてるの?」
髭もじゃの心優しいドワーフは、慌てて目をごしごしこする。
「バカモン、泣いとりゃせんわ。目に石っころが入っただけだわい……グス」
鼻声のガーリンさんは、こう続ける。
「むろん、まだ終わりでは、ないわな?」
「え?」
「完成させるんだろう? こいつを」
そう言いながら、設計図を指す。
「大工仕事は任しとけ」
大きくハンマーを振り上げるガーリンさん。
早く新しいハンマーを使いたくて、うずうずしているようだった。




