第二百十四話 模擬戦3
「リーゼロッテ、どうしよっか」
わたしは戦いたくてうずうずしながら、リーゼロッテに訊く。
「そうだな……とりあえず基本の型でいくしかないな」
「基本の型?」
「遠距離攻撃で牽制し、その隙に近づいて近接攻撃で叩く」
「わかった。それじゃリーゼロッテ、援護お願い」
よっし、これで戦える!
「いくよ、セレーナ」
「ええ!」
リーゼロッテが弓で援護する中、わたしたちは相手に近づく。
「おっと」
わたしはつんのめる。
パチンコ弾が足元に着弾したのだ。
メティオが遠距離から狙っているので、注意しなくてはならない。
「でも、こっちにはリーゼロッテがいるんだから、遠距離攻撃は互角だよね」
そうこうしている間に、セレーナがジェイクと剣を交える。
「がんばれ、セレーナ……うわわっ」
長いものが目の前をかすめる。
あぶないあぶない。
わたしの相手はルーベンダイクだ。
槍のリーチはやっかいだ。相手の間合いにいると、ジリ貧になってしまう。はやく懐に入らないと。
わたしはルーベンダイクとの距離を詰めようとする。
「やあっ」
「せいっ」
だが、さすがSランク。そう簡単には詰めさせてくれない。
「このっ」
繰り出される槍を払い、わたしは近づいて攻撃しようとする。
しかし、ルーベンダイクは巧みに剣を避け、距離を取って反撃してくる。
詰めては離され、詰めては離され……。
「魔法……」
魔法に頼るか?
かといって、魔力を解放して火の玉ぶっ放すわけにもいかない。
校舎に被害が出るかもしれないし、校庭が火の海になっちゃったりしたら一大事だ。
「時の魔法は……」
魔力消費が激しすぎる。
一本とったところで、そのあと動けなくなって滅多打ちにされちゃう。
うーん、考えてみたら、わたしの魔法って模擬戦向きじゃないなあ。
「我求めん、汝ら猛き水よ、獣どもの牙を折り石を鑿て……イブルウォータ!」
わたしはとりあえず水の魔法をつかって牽制する。
「むっ」
詠唱の時点で読まれていたのか、ルーベンダイクは斜め後方へ飛びすさり、避ける。
水の奔流が、彼のいた地点を駆け抜ける。
「おお!」
校庭に驚きの声が上がる。
……でも、それだけだ。決定打にはならない。
「もう!」
また槍の間合いになってしまった。
つばぜり合いが続くばかりで、いたずらに時間が経ってしまう。
「これじゃ埒があかないよ」
「ミオン、いったんひきましょう!」
◆
「ふー」
一旦、剣を構えたままイェルサ組から離れる。
「うまくいかないわね……」
「うーん。どうしよう、リーゼロッテ?」
わたしが訊ねると、リーゼロッテはためらいがちに、
「一応、思いついた作戦がある」
「いい作戦?」
「どうかな」
「聞かせて」
リーゼロッテは話し始める。
「向こうもこちらと同じように、ジェイクとルーベンダイクが前線に出て、先生……メティオが距離を取って後方から援護している」
わたしはイェルサの稲妻の布陣を確認する。
たしかに、メティオは一人離れて遠距離攻撃に徹している。
「見方を変えれば――先生だけ孤立しているということだ」
「うん、たしかに」
「パチンコは少々やっかいだが、見たところ、そこまで連射できるというわけではなさそうだ。近づくことができれば……狙い撃ちにできる」
わたしはうなずく。
「それで、作戦は?」
「ジェイクとルーベンダイクに近接戦闘を挑む……と見せかけ、タイミングを合わせてメティオを狙う」
「どう思う? にゃあ介」
にゃあ介に訊ねる。が、
(これは実戦ではなく模擬戦ニャ。ワガハイの力を借りず、自分たちだけでやってみるニャ)
と、突き放される。
「浮いた敵を狙う、がセオリーか。……よし、それでいってみよう」
◆
「じゃあ、いくよ? 位置について……ゴー!」
再び、わたしたちはリーゼロッテの援護のもと、近接戦へ持ち込む。
「テイッ! ハッ!」
「ほっ、とっ」
セレーナはジェイクと、
「えいっ、やぁっ」
「セイ! トォ!」
わたしはルーベンダイクと、
つばぜり合いを繰り広げながら、間合いをはかる。
「もうちょっと、もうちょっと……」
ジェイク、ルーベンダイクとメティオをなるべく引き離し――
「今だ!」
リーゼロッテの合図だ。
わたしとセレーナはくるりと方向転換し、いっせいにメティオに向かって走り出す。
絶妙なタイミングだった。
ジェイクとルーベンダイクは、突然のことに面食らって、スタートが遅れるはずだ。これなら……!
「ミオン――」
わたしはメティオの元にたどり着き、剣を払う。
メティオは飛びすさるが、その腕をかすめることに成功する。
「ミオン組に一点!」
一点取り返した! 同点だ。
「ミオン!」
メティオのパチンコは、近接戦闘むきじゃない……いける!
「読まれている!」
「え?」
ようやくリーゼロッテの声が耳に入ったとき、
セレーナはすでにジェイクに追いつかれ、防戦一方だった。
そしてわたしを狙うルーベンダイクの長い模造槍……まずい!
「わっ」
ぎりぎりで、リンボーダンスをするみたいに槍を避けたわたしは、そのまま派手にすっ転ぶ。
間一髪、決定打を逃れた。
「あぶなかっ……」
起きあがったわたしは、肩をトントン、と叩かれて振り返る。
そこにはメティオが立っていた。
「あ」
ぺち。
メティオは、わたしの額にやさしくデコピンを決める。
「イェルサ組に三点! そこまで」
◆
メティオは手加減してくれたが、身体強化されているデコピンは、結構痛かった。
今もまだ額から、しゅうぅぅって煙が出てる感じがする。
それよりも……。
「残念だけど」
「負けたな」
「……うわーん!」
わたしたちがへこんでいると、
「いやあ、いい戦いだったね!」
「うむ。われわれとてうかうかしていると、あぶないな」
「あなたたち、強いわ。自信を持っていいわよん」
「……おなかすいた」
イェルサの面々が言う。
校庭では、他の生徒たちが呆気にとられたように突っ立っていた。
「今の……先生たち、本気だったよな?」
「イェルサの稲妻と対等に渡り合うなんて」
「まさか。手を抜いてたんだろ?」
口々に感想を言い合っている。
「……でも、いい戦いだったよな」
生徒たちから拍手が上がり始める。
「すごいぞ!」
「いいもの見せてもらった!」
拍手はどんどん大きくなる。
「でも、でも……」
わたしは悔しさでいっぱいで、素直に喜べない。
「勝ちたかった!」
「浮いている敵を叩く、というセオリーを逆手にとって、メティオが囮になる……」
リーゼロッテは顎に手をやって、考えている。
「今思えば、パチンコの弾もわざと数を減らして撃っていたのだな」
それから腕を組み、こう言った。
「私はセオリーにこだわりすぎた。戦略は戦いの中で臨機応変に変えるべきものなのだ」




