第二百九話 ガーリンさんへの贈り物
わたしたちはルミナスの商業地区に来ていた。
「ねえセレーナ、そろそろ教えてよ。ガーリンさんにどんなお礼をするっていうの?」
わたしは訊ねながら、セレーナについて行く。
緑色に塗られた屋根々々の並ぶ商業地区。
果物屋、乾物屋や鮮魚店などの食料品店は、けっこうな賑わいを見せている。今日の夕飯を買い求めるそんなルミナスの人々の間を縫って、わたしたちは歩いていく。
セレーナが、あるお店の前で立ち止まった。
「ここは……ハロルドさんのお店?」
以前、リーゼロッテの弓を買うときに訪れた、他のお店三軒分もある大きな武器屋。
あのときはリーゼロッテとガーリンさんも一緒だった。
セレーナは言う。
「あのね、ガーリンさんに、斧をプレゼントしたらどうかと思って」
「なるほど! いいアイデアかも」
わたしはぽん、と手を叩く。
「ガーリンさん、絶対喜ぶよ!」
ガーリンさんのがっはっはという笑い声が聞こえてくる気がして、わたしはすでに顔がほころぶ。
早速、わたしたちはお店の中に入る。
床に据えられた台や壁の網棚に、さまざまな商品が陳列されていた。
わたしは両手を後ろに組んで、店内を物色しながら歩く。
「あった! この辺が斧だよ」
わたしは斧をひとつ手に取ってみる。
ずっしりと重い。ガーリンさんは軽々と扱っていたけれど、さすがドワーフといったところか。
わたしは落とさないように斧を元へ戻し、セレーナに訊ねる。
「ね、どれにする? セレーナ」
斧にも色々な形が大小揃っていて、どれにしたらいいか迷う。
「そうね、これは……」
セレーナは銀色のいかにも高価そうな斧の値段書きを見て、
「……手が出ないわね」
と、ため息をつく。わたしも、
「あっ、これかっこよくない?」
柄の先端が尖っていて、スタイリッシュなデザインの斧を手に取る。
値段を確認してみると……、
「オーノー」
「何を言っているの? ミオン」
「い、いやなんでも」
「お前たちここで何をしている。……死にたいのか?」
突然、背後からドスの利いた声が響いてくる。
わたしはびくっと背筋を縮める。
「殺されたくなかったら、何か買っていけ」
振り返ると、黒い眼帯をつけたスキンヘッドの男が片目でわたしたちを睨みつけている。
「ハロルドさん!」
わたしは安堵の声を漏らす。
「もう、いつも驚かすんだから」
ハロルドさんは身長が2メートルあるし、ムキムキで、いかつすぎる見た目をしている。
しかし、こう見えてめちゃくちゃいい人なのだ。
その極悪人みたいな風貌からはちょっと信じられないが、リーゼロッテの弓も親身になって選んでくれた。
そして、彼はガーリンさんの親友だった。
「何を探しているんだ?」
ハロルドさんが低い声で訊ねる。
「あ、あの……ちょっとお訊ねしたいんですけど」
わたしたちはここへ来た理由を説明する。
「ふむ、そうか」
ハロルドさんはこう答える。
「斧にも色々あるが、見た目も切れ味も良いものは非常に高価だ。金はあるのか?」
「…………」
わたしたちは肩を落とす。
せっかくいい案だと思ったのに……。しょぼい斧を贈られたって、ガーリンさんも困るだろう。
「なんだ、文無しなのか?」
ハロルドさんは腕組みをしながらそう訊ねる。
「ちょっとはあるんですけど……ほんとにちょっとだけ」
するとハロルドさんは、
「ハンマーなんかどうだ? ガーリンのやつなら、工具はよく使うだろう」
と言う。
がっかりしているわたしたちを見かねたのだろうか。やっぱりいい人だ。
「ハンマー……そういえば」
見張り小屋で道具箱を開けたときに、ちらりと見えたガーリンさんのハンマーのことを思い出す。だいぶんくたびれていたっけ。
「いいかも!」
わたしたちの顔は一気に明るくなる。
「ハンマーはお安いんですの?」
セレーナが訊ねる。
「斧より小さい分手頃だが……、まあ、ピンキリだ」
「やっぱり……いいものはお高いんですのね」
またわたしたちの顔が曇るのを見て、
「材料を持ってきたら、安く加工してやるぞ」
とハロルドさん。
「材料? ハンマーのですか」
「たとえば、だ」
ハロルドさんは言う。
「このあたりでは、瑠璃鉄鉱が採れる」
「瑠璃鉄鉱……」
「確率は高くないが、時間さえかければ、北西の岩山あたりでも見つかるかもな。瑠璃鉄鉱は高硬度鉱石で、ハンマーにはぴったりだ」
「ハロルドさん……!」
わたしは感激してしまう。どんだけいい人なの。
「北西の岩山……私たちの訓練場の西ね。行きましょう、ミオン」
「ハロルドさん、ありがとう!」
「どれだけかかるかわからんぞ」
「はい。それでもやってみます!」
「……丁度つるはしが二本あるから貸してやる。貸すだけだから代金はいらん。ただし……」
ハロルドさんは、睨みとドスを利かせて、こう言った。
「ちゃんと返さないと、殺す」




