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第二百六話 エオル先生との約束

 エオル先生は薬草学の教室にいた。


 エオル先生の手元から、ごりごり、という低い音が聞こえてくる。

 すり鉢とすりこぎ棒で、薬草をすりつぶしているようだ。

 小さい身体をいっそう丸めて、すり鉢に向かっているので、エオル先生は小さなまん丸の玉みたいになって見える。


「エオル先生!」

「おや」


 エオル先生はすりこぎ棒から手を離してこちらへ目を向ける。


「授業以外で私のところを訪れる生徒がいるなんて珍しいですね」


 黒いふちの眼鏡の奥のその目には、興味深げな色が宿っている。


「いったいどうしました?」


 わたしたちは早速、話を切り出す。


「エオル先生、伺いたいことがありまして」

「なんでしょう?」


 しわの多い顔をほころばせて、先生は訊ねる。


「わたしたち、王立図書館で見つけたんです」

「ほう?」


「エオル先生の著書。『秘薬のための秘密の薬草、その用途と生息域』」


 エオル先生の動きが止まる。

 さっきまでの優しい表情が、みるみる警戒の色に変わっていく。


「あれは禁書になってしまった本です。一体どうやって……」

「先生、教えてください! 魔導士が探した、魔力を持つ薬草ってどこにあるんですか?」


「教えるわけにはいきません」


 エオル先生は首を振る。


「あの、そこをなんとか……」

「残念ですが、それに関して話す気はありません」


 エオル先生は頑なだ。ぷいと横を向くと、また薬草をすりつぶし始める。


「あのぅ」


 話しかけても、先生は黙ったまますりこぎ棒を握っている。

 言葉の代わりの、ごりごりという低い音が「拒絶」を意味していた。


 ごりごり……

 ごりごり……


「どどどどうしよう」


 すると、すり鉢に向かう先生をじっと見ていたリーゼロッテが口を開いた。


「……先生、大きな製薬機が欲しくはないか?」


 ちらり、とこちらを見たその目に、また興味の光が宿る。


「なんです?」


 エオル先生が静かな声で訊き返す。


「毎回、すり鉢とすりこぎで薬草をすりつぶすのは大変ではないか?」

「たしかに大変ですが」


 はあ、とため息をつくエオル先生。


「他に方法がありません」


 先生のすりこぎ棒を持つ手は、赤くなっている。


「王立図書館の本に、良いものが載っていた」

「どんなものです?」


「機械仕掛けで動く、大型の製薬機だ。簡単に言うと、中に人が入って車輪を回し、薬草をすりつぶす」

「そんなことが可能なのですか?」


 エオル先生はよほど興味をひかれたのか、身体をこちらへのめらせて話す。


「その機械を作ったら、秘密の薬草について教えて頂けるだろうか?」


 エオル先生は、赤くなった自分の手と大きなすり鉢を見て、しばし固まる。


「絵空事ではないのですか」


 リーゼロッテが、


「本に載っていたのは、著者の構想段階にすぎないが」


 と言うと、


「やはりそうですか……」


 肩を落とすエオル先生。

 たしかに、薬草をすりつぶす作業は大変だ。

 授業で何度も経験したからわかる。


 エオル先生は、あの面倒な作業を毎日のように繰り返しているのだ。

 便利な道具があるのなら、喉から手が出るほど欲しいことだろう。


 残念そうに床に目を落とすエオル先生に向かって、リーゼロッテは自信ありげな口調でこう言った。


「だが、私なら完成させられる」




   ◆




 エオル先生は半信半疑ながらも、もし本当に製薬機を完成させられたら薬草の情報を教える、と約束してくれた。


 わたしたちは校舎の外の庭を歩いている。

 新学期の授業後、もう生徒はほとんど残っていない。

 振り返ると、赤みがかった空を背に魔法学校が威厳を持って佇んでいる。夕日に照らされた学校も乙なものだ。


 わたしはホクホク笑顔でリーゼロッテに言う。


「さっすがリーゼロッテ! 見たこともない機械だって作れちゃうんだね!」


 するとリーゼロッテは腕を組み、


「ちょっと……難しいな」


 とつぶやく。


「え? 無理なの?」


 わたしの足が止まる。


「そんなあ」


 わたしは大げさに嘆いて見せる。


「せっかく、先生から情報がもらえると思ったのに、あれハッタリだったの?」


「何か考えがあるんでしょう?」


 セレーナが言う。

 そうだ。リーゼロッテが意味のないハッタリをかますとは思えない。


「なになに? 教えて」


 リーゼロッテはこう言う。


「私一人では、難しい、ということだ。助けが必要だ」

「助け? どういうこと?」


 セレーナが訊ねる。


「私たちはもちろん手伝うけれど、それでは足りないということね?」


「そうだ。他に助けがいる。機械に強く、工作が得意な」

「機械と工作……」


 はっ、とわたしは気づく。


「一人いる!」

「ええ。私にもわかったわ」


 セレーナもうなずく。


 そう。機械に強くって、工作が得意。

 というより、わたしが見た感じでは、自分の作った機械を愛していると言っても過言ではない様子だった。


 ちょっと変わり者だけど、やさしくって気さくで人懐こい。

 その人物は、この学校にいる。


 わたしたちは同時にその名を叫ぶ。


「ガーリンさん!!」


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