第二百四話 みんなでお料理3
「最初は、チコリの料理ね」
「うう、緊張します」
チコリとユリナさんが席を立つ。
「どうかな? チコリの料理」
「ベルテンク・ファミリーにいたときも、少しはお料理してたみたい」
「なかなか期待できそうだな」
そんなことを話していると、チコリの料理が運ばれてくる。
見た目はとてもシンプルだ。
魚のムニエルかな? それと野菜の付け合わせ。
わたしは魚を取って口に頬張る。
「!」
食感に驚く。
外はカリッとしていて、中はフワフワだ。
「ポワレだ……異世界でポワレが食べられるなんて」
「チコリのアイデアなんです」
とユリナさん。
「あの……お魚の、外側がカリカリしてたら美味しいかな、と思って……。変かな?」
「えっ? チコリが自分で考えたの?」
「熱した油を何回もかけたら、そうなるかなって」
「ポワレを……は、発明しちゃったってこと?」
「ユリナさんとやり方を相談して……」
「すごい! チコリ、料理の才能あるよ! 野菜もおいしいし」
「そんなこと……」
「いいえ、チコリ、これ本当においしいわ!」
セレーナに褒められて、赤くなるチコリ。
「うん、チコリ、もしかしたら本当に料理の天才かも!」
わたしは手放しで褒める。
チコリは恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑った。
◆
「次は私か」
リーゼロッテが言う。
「いちおう、本で仕入れた知識を生かしたつもりだが、どうかな」
リーゼロッテが料理を運んでくる。
テーブルに出された料理を見て、ギョッとする。
なんか、「うみうし」みたいなのが、中央にデンと居座っているんですけど……。
「リーゼロッテ、これは?」
「うむ、ジョルピカの海鮮あんかけだ」
「ジョルピカ……どっかで聞いたような」
隣を見ると、セレーナの顔が引きつっているのが目に入る。
「あ、そういえば」
いつだったか、セレーナ、「ジョルピカ」が苦手だって言ってた!
変な名前だな、と思ったから覚えてる。
……これがジョルピカか。
水色のぶよぶよした物体から、触手のようなものがあちこちに向かって飛び出している。
おそるおそる、フォークを伸ばしてジョルピカに触れてみる。
ぶよん、とお皿の上で震える。
……やばい、わたしもこれ苦手かも。
「さあ、試してみてくれ」
思い切って、口に入れてみる。
しばらく咀嚼して、驚きに目を見開く。
「おいしい!」
「本当か?」
「うん、本当だよリーゼロッテ。もごもご……見た目はアレだけど、味は抜群、むしゃむしゃ……」
「そうか、良かった」
リーゼロッテは自分も口に運び、
「うむ。悪くないな……セレーナも食べてみてくれ」
セレーナは固まっている。
それを見て、ユリナさんが、言う。
「セレーナさまはジョルピカを好まないんです。栄養があるから、食べていただきたいのに」
「そうなのか? セレーナ」
残念そうなリーゼロッテ。
「いいえ、ちょっと見た目が苦手なだけ。……頂くわ」
「無理しなくていいんだぞ」
セレーナはフォークを手に取ると、目を瞑ってジョルピカを口に放り込んだ。
目を閉じたまま、しばらく噛んで、
「あら、たしかに味は悪くないわね」
「そうか?」
セレーナは目を開くと、
「……でも、やっぱり、見た目はちょっと苦手かも」
と苦笑した。
◆
「次は私ね。いま運んでくるわ」
セレーナはそう言うと、料理を取りに向かう。
「セレーナの手料理かぁ~」
わたしはドキドキしながら待つ。
「セレーナさまの手料理なんて、私も初めてです」
「ん? ユリナさんも初めて?」
「ええ。そんなことよりも剣の稽古だといつもおっしゃって、花嫁修業は二の次だったんです」
「なんかセレーナらしいなぁ」
と、セレーナがやってくる。
「はい、どうぞ」
「あ、きたきた」
セレーナが配膳したのは、見たこともない代物だった。
「せ、セレーナ、これは?」
「ファングボアの肉とドミンゴの果実ジャムを合わせてみたの」
「ふ、ふーん。上に載ってるのは?」
「生クリームよ。味がまろやかになるかな、と思って」
セレーナはちょっと照れくさそうに言う。
わたしは、どうか棒読みに聞こえませんように、と願いながらこう言った。
「へえー、お、おいしそー……」
肉とジャムが幾重もの層をなした土台の上に、生クリームがたっぷりと盛られている。
例えるなら……お肉を土台にしたケーキ?
それにしても、肉とジャムと生クリーム。
危険な取り合わせだわ。いったいどんな味になるんだろう。
わたしは別の意味でゴクリ、と喉を鳴らした。
「いただきまーす」
思い切って口へ運ぶ。
「う!」
ファングボアのお肉の塩味と、ジャムの甘み。生クリームのまろやかさがなんとも……。
「どう?」
「い、いやー。言葉を失うとはこのことだね!」
「本当? よかった! あまり自信なかったの」
わたしはうんうん、とうなずきながら周りを見回す。
他のみんなも、目を白黒させながら食べている。
セレーナは、
「これからは、お料理、もっと頻繁に挑戦しようかしら」
「あ、あはは」
みんな、冷や汗を流しながら笑うしかなかった。
◆
「最後はわたしの料理だね」
「待ってました!」
「楽しみだわ、ネコ族の料理」
盛り上がる一同。
わたしは緊張しながら料理を運ぶ。
「あら? なにかしら」
「珍妙な見た目だな……」
「ハンバーグって言うの。……それとネコまんま」
そう説明して、
「お、お口に合うでしょーか」
わたしがそう言うと、チコリが率先して食べ始める。
ナイフでハンバーグを取り分け、口をつけると一言、
「おいしい!」
「ホント?」
「これ、お肉なの?」
「えっと、これは……肉を切って叩いて潰したもの」
「肉を叩いたですって!? 聞いたこともないわ」
ユリナさんが興奮してハンバーグにナイフを入れる。すると……
「な、中から何か出てきたわ!」
「えへへ、チーズ入れてみたんだ」
「チーズ!?」
「な、なんという発想でしょう」
ユリナさんとバートさんが、声を上げて驚く。
皆いっせいに食べ始める。
「こんなに美味しい料理があったとはな……」
もぐもぐと頬張りながら、リーゼロッテはしきりに感心している。
「噛んだ瞬間、肉汁のうまみが口の中に広がるわ」
「たしかに、これだけの肉汁を閉じ込められるのは、叩いたお肉だからこそかもしれない」
「それだけじゃないわ。本来固いお肉がほどけるような舌ざわりになって、溶けたチーズもさらにコクとまろやかさを増している!」
「ただ奇をてらっただけではない。考え抜かれた極上の料理だ」
「ハンバーグ……すごい料理だわ」
セレーナも褒めてくれる。わたしはうれしくなる。
「こっちも食べてみよう」
チコリはネコまんまに手を伸ばし、口に入れる。
「…………」
チコリはひと口食べたまま、固まっている。
「ど、どうしたのチコリ?」
「なにコレ!? こんなおいしい食べ物、食べたことない!」
チコリにはこちらのほうが気に入ったようだ。夢中になって食べている。
(ふむ。ネコまんまの味を知ってしまったか)
「ネコ族だもんね……」
とにかく、わたしの料理は気に入ってもらえたようだ。
異世界の人には初めてだろうし、口に合うか不安だったので、安堵もひとしおだ。
(ネコ族の料理とは全然ちがうかもしれないけどニャ)
「文句言うなら、もー食べないよ」
(待て待て、まずいとは言ってニャい。ネコまんまもいいが、ハンバーグもうまい。はやくもっと食べるニャ)
頭の中でにゃあ介が騒ぐ。いちおう、料理はお気に召したらしい。
「ユリナさん、味はどうですか?」
わたしは訊ねる。
「とってもおいしいです! 是非くわしいレシピをお伺いしたいわ」
「はい、よろこんで。ユリナさんなら、すぐマスターしちゃうと思います」
と答えると、
「料理のレパートリーが増えて、うれしいわ」
ユリナさんはそう微笑んだ。




