第二百三話 みんなでお料理2
「広っ!」
思わずそんな感想がもれる。
わたしがきょろきょろ厨房を見回していると、
「そんなに広いかしら?」
「そんなに広いよ! どこのレストランなの、これ」
セレーナは首を傾げながら言う。
「何人もお客様を呼んでお食事をご馳走することもあるから……」
セレーナ邸は厨房も広かった。
天井は高く、臭気の心配もなさそう。道具は一通りそろっているし、かまども複数備えられている。
おっきな暖炉みたいな窯もあって、これならブタの丸焼きだって作れそう。
「ここなら皆で料理できるかしら?」
ユリナさんがほほ笑む。
「それではみなさん、料理にとりかかりましょう」
◆
「さて、ではやりますか……」
わたしは腕まくりをして材料を取り出し、調理を始める。
「わたしが作るのは……そう、日本人ならみんな大好きなアレ!」
(定番中の定番ニャ~。もうすこしひねった方がいいのではニャいか?)
「いいの! みんなはきっと、食べるの初めてなんだから」
わたしは玉ねぎ(によく似た野菜)を取り出す。
「みじん切りみじん切り~」
刻みながら気づく。
「おっ? 異世界の玉ねぎは涙が出ない」
(まあ、玉ねぎとは別物だからニャ。あれは硫化アリルが揮発して……)
「化学の授業はやめてー」
わたしはお肉を前に腕を組み、
「……これはどうしよう? ミンサーもフードプロセッサーもないし」
(手動でいくしかないニャ)
「そだね」
わたしはお肉をまな板に置くと、包丁を二本構える。
「うぉりゃ~! アタタタタ」
そんな感じで、わたしは自分の料理を進めていった。
「ふう~」
わたしは額の汗を拭い、
「どれ、ネタを寝かせている間にちょっと敵情視察でもしますか」
と、みんなの様子を見に向かう。
「リーゼロッテは、と」
わたしはリーゼロッテの横に、ひょこっと顔を出す。
「なんだ、ミオン、もうできたのか?」
「大体ね。何作ってるの?」
「いまは、料理の上にかける『あん』を作っている」
「海鮮あんだね。おいしそう! これをかけるんだ」
「ああ、メインは内緒だ。とっておきのものを用意した」
「へぇ~楽しみ。頑張ってね!」
「チコリはどうかな?」
上手にできているか心配だったが、チコリの手つきはかなりこなれていた。
ていうか、この包丁さばき、わたしより上手かも。
「へえー上手だね!」
「そうかな」
照れるチコリを、
「ええ、チコリ、とっても上手だわ」
ユリナさんも褒める。
「どこで覚えたの?」
「以前、ご主人さまのお食事の残り物や、捨てる食材を貰うことがよくあったの」
チコリはニコニコ笑いながら話す。
「そういう余りものを調理し直して食べていたから」
「そっか……」
わたしはそれ以上の言葉を紡ぐことができなかった。
自分の食事に余り物しかもらえなかったチコリの境遇。
チコリに比べたら、わたしの黒歴史なんて甘っちょろい。
「それでここまで上達できたのね。実地に勝る訓練はないわ」
ユリナさんはそう褒めながらも、
「でもね、未熟なところもある。チコリ、あなた料理の教えがいがあるわ。もっともっと鍛えてあげる」
ユリナさんはなんだかすごくやる気になっている。
「うーん、これは強敵になりそうだ」
そう言い残して次へ向かう。
「セレーナは?」
わたしはセレーナの様子を窺う。すると、
「えーと、これを捻じって、あれを穿って……」
……およそ料理には使わない動詞が聞こえてくる。
「セレーナ?」
わたしがおそるおそる声をかけようとすると、セレーナはがらんがらんと調理器具の音を立てながら、厨房を駆け回りはじめる。
なんか剣の練習でもしてるみたいな動きだけど、あれ、料理してるのかな?
「だ、だいじょうぶセレーナ? 手伝おうか?」
すると、セレーナは振り返り、いつも通りの涼しい笑顔で言った。
「あらミオン、覗きは反則よ。楽しみにしていて頂戴」
追い払われたわたしは、
「セレーナの料理、心配だなぁ」
とつぶやきながら、自分の持ち場へ戻る。
「さ、じゃあ仕上げるか」
わたしは、寝かしておいたタネを焼き上げに入る。
そんなこんなで、皆、なんとか調理を終えた――。




