第二百話 禁書閲覧1
「どうだった?」
「うまくいったの?」
リーズとチコリは、顔を合わせるなり、堰を切るように質問攻めを始めた。
「ばれなかったわよね?」
「だ、大丈夫なの? セレーナさまは!」
二人は、リビングに向かう間も待ちきれず、わたしたちの周りをうろうろしながら心配そうに訊く。
「ねえ、本当に結婚するわけじゃないのよね?」
「ミオン、セレーナさまを守ってくれた?」
「ちょっとちょっと」
わたしは両手で二人を押し戻す。
「待ってよ。いま順を追って話すから……」
◆
「……それで、お城に着いたら、王さまの寝室に通されたの」
執事のバートさんとメイドのユリナさんもやってきて、長いテーブルに向かって腰掛けている。
わたしはリーズ、チコリ、バートさん、ユリナさんの四人に対して説明をする。
「……寝室に入ったら、王さまと王妃さまと、他の二人の王子もいて」
みんなで話すと逆にわかりにくいので、基本的にわたしが話し、セレーナとリーゼロッテは時々口をはさむだけにしていた。
「……それでね、わたしは舞い上がっちゃってるのに、セレーナは全然物怖じせずに挨拶したの」
わたしが説明している間、四人は固唾をのんで聞き入っていた。
「……そしたら王さまが、世継ぎを決めろって。今この場で」
「ええっ!」
四人は驚きの声を上げるが、口を閉じてまたわたしの話に耳を傾ける。
「……で、一応、第一王子のユビル王子が継ぐことで話はまとまったんだけど、そこで問題が」
「なんなの?」
四人のはらはらした顔が、わたしを見つめてくる。
「あのね、王さまが急に、セレーナとユンヒェムの式を今すぐ挙げてくれって」
「な、何ですって!」
「そんな……っ!」
一気にリビングが騒然とする。
四人ともがたがたと音を立てて、椅子から立ち上がる。
「うん、マズいよね? こんな断りにくいシチュエーションないもん」
「そ、それで」
「まさかセレーナさま、本当に……」
バートさんとユリナさんも慌てふためく。
「ウソでしょう!? ウソと言いなさい!」
「絶対にセレーナさまを守って、と言ったわよね、ミオン!」
二人とも涙目だ。リーズは今にも爆発しそうだし、チコリは膝から崩れ落ちそう。
「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて」
わたしは慌てて言う。
「でも、結果的に大丈夫だったんだよね。……ユンヒェムが助け舟出してくれてさ」
「ユンヒェム?」
「あの男が?」
「ううむ」
訝しげな四人。
「案外いいところもあるみたい。ああ見えて、世継ぎのことも真剣に考えてるみたいだったし」
「……どうだか」
「何も考えてないだけかもしれないわ」
「セレーナさまをものにするチャンスに気づかなかったとか」
「今ごろ間違いに気づいて、くやしがってるかも」
オウ。
王子さま、えらい言われようだ……。
ま、セレーナ命の四人にとっては、憎っくき敵だもんねー。
「とにかく、何とかなったってこと」
わたしが言うと、
「そうかぁ。よかった~」
「私はてっきりセレーナさまが……」
「でも、ほっとしたわ」
みんな安堵のため息を漏らす。
「ま、一件落着、というところですかな」
バートさんが、場を締めようとしたところで、
「あ、でも王妃さまには全部バレてたみたい」
わたしの言葉に、四人はがたがたと椅子から転げ落ちた。
◆
翌朝、ユンヒェムがセレーナ邸へやってきた。
馬車でやってきた王子は、いつも通りのにこにこ顔でセレーナへの愛をひとしきり口にすると、
「約束通り禁書の書庫へ案内するよ、セレーナ」
そう言ってセレーナの手をとるユンヒェム。
わたしたちの後ろから、バートさんとユリナさん、チコリの射るような視線が注がれていたが、全く気づく様子もなかった。
図書館へ向かう間、ユンヒェムは昨日の件について、セレーナに何度も感謝の言葉を述べた。
「いやあ、本当にありがとうセレーナ。父は本当に喜んでいたよ」
ユンヒェムの口ぶりから、王妃は結局、王や王子には何も話していないことがわかった。
王妃さま、やさしいなあ。
ユンヒェムはこちらに目を向けると、
「あ、それから君たちもありがとう」
お礼を言われたわたしとリーゼロッテは、ぽりぽりと頭を掻いた。
図書館の前へ馬車を乗りつけ、白い階段を上る。
ユンヒェムは図書館へ入ると真っすぐ司書のもとへ歩いていった。
「やあ、図書館の仕事は順調かい?」
司書は不審そうな目つきでこちらを見る。
ややあって、それが王子だと気づくと、背筋をぴんと伸ばす。
「これはユンヒェムさま。今日はどういったご用件で?」
「この図書館に、立ち入り禁止の書庫があったよね。ちょっと見せてほしいんだけど」
「禁書の書庫のことですか?」
司書は面食らった様子で、
「何か調べものでしょうか?」
「まあそんなとこ。いいかな?」
戸惑った様子の司書。
すこしためらってから、
「……わかりました。それでは書庫の鍵を開けますのでついてきてください」
「あ、ちょっと待って。彼女たちを連れて行っていいかな」
「禁書の書庫にですか。しかし……」
司書はわたしたちを見て、
「何者なんです?」
「僕の友人。優秀な研究者だ」
「はあ……」
しぶる司書。
「頼むよ、テム。君がこの王立図書館に貢献していることはよく知っている」
ユンヒェムは、司書の肩を叩く。
「設備点検から管理運営まで見直して、業務が改善されたのは君の功績だね」
「あ、ありがとうございます!」
司書はうれしそうに顔を上気させ、
「わかりました。王子の頼みとあらば……」
「ありがとう。あとで紅茶を届けるよ」
王子はそう言うと、振り返ってわたしたちに向かってウィンクした。
◆
わたしたちは、図書館の地下にいた。
暗い廊下の先の、古びた扉。司書の持つたいまつが、その扉をゆらゆらと照らしている。
扉には、大きくずっしりと重そうな錠前がぶら下がっている。
この中に禁書が保管されているらしい。
「ここが書庫です」
司書は懐から鍵を取り出す。金色の大きな鍵だ。
その鍵を鍵穴に差し込み、回すとかちり、と音がする。
中へ入ると司書は、壁に備えつけてあったランプに火を灯す。
すこし明るくなった室内に、いくつかの本棚が並んでいるのが見えた。
地上階にある立派な本棚とは違って、簡素な木製の本棚だ。
「ありがとう。勝手に見ていくからもういいよ」
ユンヒェムが言うと、司書はわたしたちの方を見ながら、
「貴重な本ですから、くれぐれも乱暴に扱わないでください」
と釘をさす。
「わかったわかった。終わったら呼びにいくから」
そう言われて仕方なく歩き出す司書。
心配そうに、ちらちらとこちらを振り返りながら扉を出ていった。




