表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/604

第百九十九話 母親

「喜ばしいことだ……!」


 グランパレス王が言う。


「世継ぎが決まった。こんなめでたいことはない」


 寝室内に自然と拍手が起こる。わたしも手を叩く。


「これで私も安心して……」


 突然、王が激しく咳込み出す。


「大丈夫ですか、あなた」


 王妃が王の背中をさする。

 ごほごほと苦しそうな咳が続いたあと、ひーっと息を吸い込み、王は目を閉じる。


「もうひとつだけ私の願いを叶えてはくれぬか、ユンヒェム」


「何です、父さん」


 王は瞼をうっすら開くと、こう言った。


「その娘との婚姻を……式を今すぐ挙げてくれないか。私の目の黒いうちに」


「えっ!」


 何コレ!

 わたしは狼狽える。


 めちゃくちゃ断りにくいシチュエーションになっちゃった。

 どどど、どうしよう?


 まさか、ユンヒェムの計算だったんじゃ……?

 こうなることを見越してセレーナを連れてきたんじゃ。


 セレーナを見ると、彼女も固まってしまっている。


 と、ユンヒェムが口を開く。


「父さん、セレーナは学生なんだ」

「ふむ?」


「魔法学校の生徒でね。卒業するまで結婚は待とう、っていう約束なんだよ」


 それを聞いた王は残念そうに、


「そうか……ならば仕方ない」


 とうなずき、


「セレーナと言ったね。愚息だがユンヒェムをよろしく頼む」


「こちらこそ光栄です。彼を支える良き伴侶になれるよう、努めます」


 セレーナは頭を下げる。

 そんなセレーナを見て、王妃が言う。


「セレーナ……。ひょっとしてあなた、ヴィクトリアス家のセレーナさん?」

「はい」


「まあ、驚いた。あなた、ほら、ユリウスさんの娘さんよ」

「おおユリウスの……! そうであったか」


「ユリウスさんは夫に忠義を尽くし、国を守るために働いてくれた勇敢な騎士だったわ。……本当に惜しい方を」


「しかし、そうか、ユリウスの……。でかしたぞユンヒェム。さらにめでたい!」


 喜ぶ王だったが、再び咳込む。


「……少々、興奮しすぎたようだ」

「あなた、すこし休みましょう?」


 王妃が、王の胸を押さえる。


「うむ」


「みなさん、今日はありがとう。……セレーナさん、お父さまを亡くして大変でしょうけど、ヴィクトリアス家を守ってね」


 王妃の青い瞳が、真っすぐセレーナを見据える。


 わたしたちは礼をして、王の寝室を後にした。




   ◆




「ありがとう、セレーナ。これで父も安心だろう」


 寝室を出て他の王子たちと別れ、城の出口へと向かう途中、ユンヒェムが小声でささやく。


 セレーナが言う。


「王と王妃をだましたのだと思うと、すこし心が痛いわ」


「気にしなくていいよ。僕が企んだことだし、二人とも喜んでいたんだから。そうだ、禁書閲覧の件は任せておいてよ」


 ユンヒェムはそう言うと、こうつけ加える。


「ただ……一つだけ頼みがあるんだけど」


「まだ何かあるの?」


 訝しむセレーナ。


「君と僕が結婚する話、もうしばらく本当ということにしておいてくれないか」


 ユンヒェムはそう言ってウィンクする。

 セレーナは大きくため息をつくのだった。




「それじゃ、セレーナを頼むよ」


 ユンヒェムは従者に向かって言う。


「未来の僕の妻だからね」


 またウィンクするユンヒェム。

 それから馬車に合図を出す。

 馬車はセレーナ邸に向かって走り出す。

 グランパレス城が遠ざかっていく。


「大丈夫かなあ……」


 わたしはつぶやく。

 ユンヒェム王子、実は結構やり手みたいだし、セレーナ、このままだと本当にお嫁さんにされちゃうんじゃ……。


 なんて、心配になるのだった。




   ◆




「ふーっ、上手くいったみたいね」


 セレーナがようやく肩の力を抜いてため息をついたのは、別邸の門をくぐったときだった。


「いやー、ばれちゃったらどうしようって、はらはらしたよ」


 わたしも、どっと疲れを感じる。


「うむ。さすがに私も少し緊張したぞ」


 とリーゼロッテ。


「だが、なんとかやりおおせたみたいだな」


「やれやれ、わかっていニャいな」


 突然、今までわたしの頭の上で黙っていた、にゃあ介が話し始める。


「どういうこと?」

「なにかまずいことでもあったのか、ミル?」


「王妃が最後になんと言ったか覚えているか?」


「最後に? なんだっけ」


 にゃあ介はあきれたように、ぷふーと鼻息を吐く。


「ふつう、息子を頼む、とか、王室を頼む、とか言うニャろ」


「あ!」


 にゃあ介の言葉に、セレーナとリーゼロッテが声を上げる。


「さすが母親ね……」

「まいったな……」


「なになに? どういうこと?」


 わたしはセレーナとリーゼロッテを交互にキョトキョト見つめる。

 するとセレーナが、すこし上へ目線をやって言う。

 その表情は失敗してしまった後悔の念というより、どこか清々しそうな顔だった。


「王妃さま、ヴィクトリアス家を守れ、って言ったわ。……全部見抜かれていたのね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です&200話到達おめでとうございます*\(^o^)/* なんだかんだであっという間に200回突破ですね! 早いものです。 此れからも応援させていただきます。 [一言] 王妃様…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ