第一話 私、死んだ。※挿絵あり
何の変哲もない、いつもの朝。
の、はずだった……。
「ああーっ、遅刻遅刻!」
時計を見るなり、髪の毛くしゃくしゃで飛び起きたわたしは、胡桃沢美音。
県内の普通レベルの学校に通う、一介の女子高生――
おっと、自己紹介してる場合じゃない。時間がない。
制服に着替えて、鏡でチェック。
黒髪ショートに卵型の顔、眠そうな目をした女の子がこっちを覗き込んでいる。
うん。我ながら平凡な顔つきだ。
目をパッチリ開けて、にこっと微笑む。ばっちり決まった……とはいかないまでも、多少見られる容姿にはなったかな。
ストパーあてなくても、真っ直ぐな髪の毛だけがわたしの唯一の自慢。
髪をとかして、歯磨き完了。ここまでジャスト三分。
ここで、マンガだったらトーストくわえて家を飛び出すところだけど、わたしはごはん派なので、そういうわけにはいかない。
納豆をかき混ぜ、味噌汁とともにかっこむ! これよこれ。日本人たるもの朝はこうでなくちゃ。と、そんな呑気にしてる場合じゃなかった。
ドアを開けて外へ出ると、サバ白のネコが、「にゃあ」といって頭を擦りつけてくる。灰色地に黒模様、お腹と手足が白いその柄が魚のサバに似てるから、サバ白っていうんだって。
「にゃあ介、お前はいいねー。気楽そうで」
そんなことを言いながら頭を撫でていると、
「……いたい」
噛まれた。お前だって十分気楽だろ、と言いたいらしい。
にゃあ介は、わたしが小さいころ、ふと家の庭に現れ、それ以来我が家に居ついたネコだ。元野良ネコだが、今やほとんどうちの家族と言っていい。特にわたしにはよく懐いていて、先生に叱られたことや友達と喧嘩したこと、そんなとめどもない愚痴を黙って聞いていてくれる。……黙ってないときもあるけど。
「さあ、もう行かないと……あ、いけない」
カバンを忘れていることに気づく。まったく、学校行くのに手ぶらとは、そそっかしいにも程がある。
不思議そうに見つめるにゃあ介を残して、わたしは一旦、ドアを開けて家の中に戻る。
カバンを手に外へ出ると、もうにゃあ介の姿はそこになかった。
まだ近くにいるんじゃないかな……と、あたりを見回すと、……いた。道路の向こうで、雑草の匂いを嗅いでいる。
「おーい、にゃあ介」
わたしが手を振ると、にゃあ介が気づいた。トットットッ、と軽快に駆けて来て、「にゃあ」と鳴きながら道の途中で寝転がる。いつものようにわたしに掻いてほしそうに、その白いお腹を見せる。
「コラコラ、そんなところで寝てたら危ないよ」
わたしがそう言いながら、視線を左へやると……。
トラックの姿が目に入る。わたしの家の前は長い一本道で、結構遠くまで見渡せる。それなのに、どうしてこんなに近づくまで気づかなかったのか――後悔しても遅い。
「にゃあ介! はやくこっちへ!」
にゃあ介は気づかない。
トラックは猛スピードで走ってくる。
何の変哲もない、いつもの朝。
の、はずだった。
だが、異常事態が音を立ててその「いつも」に割り込んできた。
道ではにゃあ介が仰向けでごろごろしている。
トラックは止まる気配がない。地面を揺らす程のスピードで、突進してくる。
このままじゃ、このままじゃにゃあ介が!
わたしのせいでにゃあ介が死ぬ?
ダメ! そんなの!
とっさに、わたしは道の真ん中に踊り出た――。