第百九十八話 世継ぎ
「ユビルよ、お前はどうだ?」
グランパレス王が第一王子に向かって訊ねる。
「私は……」
ユビルのその精悍な顔立ちが、すこし曇る。
「……私は、どうすればいいかわからない。私に国民の命を預かる覚悟があるのか……私に国を治める資格があるのか、わからないのです」
「そ、それを言うなら!」
セタ王子が慌てて話し出す。
「僕こそ王の器じゃないよ」
セタは額に汗をかきながら、必死で主張する。
「僕がグランパレスを治めるなんて……うん、とても無理だ」
セタは弱気な様子でうつむく。
王は目をとじる。
そしてしばらく考えたあとふたたび目を開く。
「ユンヒェム……お前はどう考える?」
王がユンヒェムを見る。
「ユビル兄さんがなるべきさ」
ユンヒェムは言った。
その言葉に、わたしは正直驚いてしまった。
てっきり、ユンヒェムは「自分が王になる」と言うのだと思っていたのだ。
王になって、地位と権力とお金を手に入れて、自分の好きなように暮らす。そしてセレーナも思い通りに……もちろんそんなことはさせないけど、それがユンヒェムの望みだと思っていた。
「一番歳上はユビル兄さんだろ? それを差し置いて僕やセタが王の座につこうものなら、揉め事の種になるのは目に見えているさ」
ユンヒェムは肩をすくめ、
「国が傾くのは、いつも権力をめぐる内輪の争いときまっているからね」
「ぼ、僕は権力なんて欲しくないよ! 兄さん!」
あわててセタが言う。
「本人にその気がなくても、まわりがそうとは限らないさ」
やれやれといった様子で首を振り、
「まあでも、僕も王の座に興味はないからその点は安心してよ、兄さん。僕はもっと色々世界を見て回りたいんだ」
ユンヒェムはにっと笑う。
「ユビル兄さんは王になるために生まれてきた男さ」
ユンヒェムの言う通りだった。
ユビルの固く引き結ばれたうすい唇。
真っすぐに通った鼻筋に、切り揃え整えられた髪。
そして彼の目は、王と同じ深い光をたたえていた。
「だから安心して王の座につくといい。僕も全力で支えるよ」
「ユンヒェム、私は――」
「兄さんは国民に愛されているよ」
ユビルはユンヒェムの顔を見つめる。
その表情は、ユンヒェムの言葉に驚いているようにも見えた。だが、自分の感情に驚いているといった方が近かったのかもしれない。
胸に手をやるユビル。まるで自分の心の声を聞いているみたいに。
ユビルはしばらくそうしている。
寝室は物音ひとつしない。
皆が、彼の言葉を待っていた。
やがてユビルは王の方へ向き直ると、決然として言った。
「わかりました。私が王になります」
◆
「本当か、ユビル」
王が訊ねる。
ユビルは言う。
「トップに立つ柄だとは思っていない。それに無論、ユンヒェムとセタの助けが必要だ」
「もちろんさ。兄さんが王になるなら助力は惜しまないよ」
わたしはちょっとびっくりする。
あのちゃらんぽらんな王子にしては、真摯な発言。
「ぼ、僕も!」
セタが言う。
「ありがとう、ユンヒェム、セタ。なるからには、立派な王になる。グランパレスは私が守る」
ユビルは微笑んで、こう付け加える。
「ユンヒェムが国のことを真剣に考えていたのには驚きだな」
「ははは、参ったな……でも、遊んでばかりいる場合じゃない。そろそろ僕もしっかりしないとね」
さっぱりとした声の響きだった。
いままでの王子の言動を見ていれば不安なはずなのに、何故か頼もしさを感じる。
すこし真面目な顔になり、胸を張って、
「僕だって父さんの息子だ」
そう答えたユンヒェムの目にも、ちらりと深い光がのぞいた。




