第百九十六話 グランパレス城
「わー、すごい」
眼前にそびえるグランパレス城は、圧巻の姿を周囲に見せつけていた。
「ルミナス魔法学校より大きいかも……」
いくつもの尖塔が突き出し、多数の直線が織りなす複雑な設計になっているが、全体が調和していて実に美しい。
魔法学校は古い石造りで、歴史を感じさせる神秘的な雰囲気だったが、こちらは白く、輝くようなまぶしさが清廉な魅力を放っている。
「ねえねえ、城、白い」
(うるさいニャ)
馬車が速度を落とす。
外へ顔を出すと、門の前にさしかかったところだ。
二人の門兵が立っていて、
「ユンヒェム王子、おかえりなさいませ!」
と敬礼で迎える。
門兵が門を開き、再び馬車が動き出す。
広い緑の芝生の真ん中を、石畳が伸びている。
門を通り過ぎ、馬車がごろごろと走っていく。
敷地内にある色とりどりの花や、見事に刈り込まれた植木といったものが後ろへ流れていく。
「どこのテーマパークなのこれ」
現実離れした広さに、ついそんな感想を漏らしてしまう。
やがて馬車が止まる。
「ユンヒェムさま、到着しました」
従者の言葉とともにユンヒェムは降り立ち、セレーナに手を伸ばす。
「さ、我が妻よ」
セレーナはユンヒェムの手を取らずにため息をつく。
「ははは、すまないすまない。まだ妻ではなかったな。……我が愛しの婚約者よ」
「それも違うんだけど……」
言いながら、セレーナは仕方なくユンヒェムの手を取って馬車から降りる。
続いて降りるわたしとリーゼロッテには、もちろん手を取ってくれる人がいない。まあ別にいいんだけど。
「さあ、行こう。こっちだよ」
さっきからずっとごきげんなユンヒェムに案内されて、城の入り口へ向かう。
開け放たれた大きな鉄の扉の前で、ユンヒェムが振り返って言った。
「さあ、入って! グランパレス城へようこそ!」
◆
「ありがとう。君たちはもういいよ」
城へ入ると、ユンヒェムはそう言って従者を下がらせる。
「はっ」
二人の従者が礼をすると、左右に離れる。
「本当は、一人で行動したいんだけどね」
ユンヒェムはこちらを振り向き、
「外へ行くなら必ず従者をつけるようにって、みんながうるさくてね」
と、苦笑いする。
お城の中は金と白に彩られ、床には赤い絨毯が敷かれている。
天井はわたし五人分くらいの高さがあるように見える。
長~い柱が何本も立っていて、それが奥までずっと続いている。
その広い城内の要所要所に、警備にあたる兵が立っていた。
「ユンヒェムさま!」
向こうの方から、頭にターバンのようなものを巻いた一人の男が現れる。
「ユンヒェムさま、どこへ行っておられた。探しましたぞ」
ちょび髭をはやした五十代前後のその男は、慌てた様子で近づいてくる。
赤絨毯の上を足を擦るようにして早足で歩く、その音がシュッシュッと鳴る。
ユンヒェムは頭を掻きながら、
「ちょっとね。父上は元気かい? ……いや、つまり、まだ生きてるかい、ってことなんだが」
「ユンヒェムさま、ちょうど今、ユビル王子とセタ王子が王と面会中です」
セレーナがわたしに、
「ユビルは第一王子、セタは第三王子よ」
と説明してくれる。
ユンヒェムがターバンのちょび髭男にたずねる。
「いったい何事だい」
「王がお呼びになったのです。ユンヒェムさまもお急ぎください」
「父上が?」
ユンヒェムはこちらを見て笑う。
「……末期の患者にしては元気らしいね」
それから、
「わかった、すぐ行くよ。寝室だね?」
と確認する。わたしは、
「もっとお城の中、いろんなところ見ていきたいなー」
とつぶやく。
(社会見学じゃニャいんだぞ)
「そちらの方々は?」
ターバンのちょび髭男がこちらを一瞥して言う。
「彼女たちも王に謁見されるのですか」
「心配いらないよ。僕の客人だ」
ユンヒェムが口を利くと、ターバンの男はお辞儀をして言う。
「ユンヒェムさまがおっしゃるなら」
ユンヒェムの案内で、わたしたちは城の中を進む。
わたしがきょろきょろしているうちにも、ユンヒェムはどんどん歩いていく。
(置いていかれるぞ)
「ま、待って!」
何本もの柱を通り過ぎ、通路を何回か折れ曲がる。
「すっごい広さ。迷子になりそう」
わたしはただただ感嘆する。
「ここだ」
ユンヒェムが立ち止まる。
「ここが父上の寝室だよ」
セレーナの方を見て、
「セレーナ、いいかい」
そう確認するユンヒェム。
え、もう王さまに会うの?
わたしは戸惑う。
「こ、心の準備が……」
わたしもセレーナの顔を確認する。すこし緊張の面持ちだ。
……こうなったら仕方ない。
わたしはリーゼロッテの目を見てうなずく。
わたしたちは全力でセレーナを守るだけだ。
ユンヒェムが促す。
「行こう」
わたしたちは、王の寝室へ向かって足を踏み入れた。




