第百九十五話 親衛隊
わたしとリーゼロッテが同行することを絶対条件として、セレーナはユンヒェムの提案を呑むことにした。
本当はリーズとチコリもついて行きたがったのだが、いくら何でも王室へ行くには人数が多すぎるのと、リーズなんかはユンヒェムの顔を見るなり殴りかかってしまいそうなので、自粛してもらうことにした。
「二人とも任せといて。わたしだって、セレーナ親衛隊としての役割は十分はたせるんだから」
わたしはちからこぶをつくってみせる。
「ああ。セレーナの身を気遣う心は、私も同じ」
そうリーゼロッテとわたしが請け合うと二人は、
「セレーナさまのことをくれぐれもお願いね、ミオン」
「セレーナに何かあったら、私の大剣が黙ってないから」
と重い言葉で送り出してくれた。
皆が心配そうにしている中、当のセレーナは、
「みんな大げさなんだから」
と、まるで他人事みたいに言う。
「セレーナ、油断しちゃダメ。いくら人がよさそうに見えても、イケメンでも、心の中はわかんないんだから!」
「ああ、逆にああいう手合いこそ用心したほうがいいのかもしれない」
「セレーナを毒牙にかけようと狙っている奴なんて、たくさんいるんだからね。気をつけて!」
「……はいはい。気をつけます」
どこ吹く風のセレーナに、
「もー! 全然わかってないでしょー!」
とみんなやきもきするのだった。
◆
その朝、ユンヒェムは時間に遅れることなく現れた。
ユンヒェムが乗ってきたのは、小さいけれど白と黄金の装飾の施された絢爛な馬車だ。
ユンヒェム自身も、なんだかいつも以上に身だしなみをきっちり整えているように見える。
ついでに従者の人たちにまでお洒落をさせているみたい。
「迎えに来たよ、セレーナ。僕の愛しい人」
玄関で満面の笑みを見せるユンヒェムを、わたしとリーゼロッテ以外にも、殺気立った二人の人間が見つめている。
チコリとリーズではない。
執事のバートさんと、お手伝いのユリナさんだ。
この二人も、セレーナを心から大切に思うその気持ちの強さは誰にも負けていない。
「これはユンヒェムさま。よくお越しくださいました」
「時間どおりですな、ユンヒェムさま。さすがです。ところで父王どののご加減はいかがかな」
言葉遣いは丁寧だが、二人とも目に殺意が宿ってしまっている。
チコリはといえば、「あの人の顔を見たら、飛びかかってしまうかもしれない」と言うので、ユリナさんが奥に引っ込ませている。
リーズは来ていないが、そのうち大剣を構えて走ってくるかもしれない。
とにかく、このままでは事件になりかねないので、わたしたちは早々に出かけることにした。
◆
馬車でグランパレス城へ向かう道中、ユンヒェムはわかりやすいほどにごきげんだった。
「いやあ、セレーナありがとう。父もきっと喜ぶよ」
「……禁書閲覧許可のこと、忘れないでね」
「もちろんだよ。……それにしてもよかった。父だけでなく、家臣たちからもこのところ風当たりが強くてね」
ユンヒェムはにこにこ顔で言う。
「王族のくせに、僕がふらふら遊び歩いているんじゃないか、国のことを考えていないんじゃないか、っていう非難の声が高まっちゃって」
セレーナが呆れる。
「事実ではないかしら?」
「いやっはっは。お恥ずかしい」
ユンヒェムは頭を掻き、
「でも、もう大丈夫。こんな美しい妻をめとるとわかれば、身を固めておとなしく家庭を守ると皆が認めてくれるさ」
そこでわたしは我慢できなくなって口をはさむ。
「王子さま! お言葉ですけど」
不思議そうにわたしを見るユンヒェム。
まるでわたしがそこにいるのに初めて気づいたみたい。セレーナしか目に入っていないらしい。
「これは全部、お芝居なんですからね。その辺はっきりご認識していただきたいんですけど」
するとリーゼロッテも、
「ああ。セレーナになにか不利益が生じそうになった場合、私たちが全力でとめる。王族の前でも遠慮はしない」
はっきりとした口調でこう続ける。
「あなたが皆の前で恥をかくことになったとしてもだ」
ユンヒェムは、ぱちくり、と目をしばたかせ、
「ハハハハハ!」
と笑う。
「いやあ、おそれいった。さすがセレーナの友だちだね!」
そして、
「うんうん。君たちの言う通りだとも」
とうなずき、
「もちろんセレーナの悪いようにはしないよ。こんなに美しい人を悲しませるなんて僕が許さない!」
と胸を叩いて張り切りだす。
「いやあ、僕は幸せ者だなあ」
王子は鼻歌でも歌いだしそうだ。
本当にわかってるのかな……。
改めて心配になり始めた頃、従者が言った。
「ユンヒェムさま、まもなく城でございます」




