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第百八十五話 鬼恤薬

 倉庫内に入ってきた男たちは、運んできた木箱を床に積み上げていく。


 その後から、二人の男が歩いてくる。

 とんがり帽をかぶった男と、ギラギラと光る沢山の首飾りを身に着けた小太りの男。


 二人は何事かを話し合い始めた。

 わたしはその話し声に耳を澄ませる。


「すこし割高ではないか?」


 太った男の低い声が言う。


「お話したでしょう。これまでとはモノが違うのです」


 こちらはすこし甲高い声だ。


「純度がめちゃくちゃ高いんですよ。頭がブッ飛びます。手を出せば、絶対にもどれません」


「本当だろうな」


「本当ですとも。これでまた、ファミリーの支配力が高まること、間違いございません」


 わたしたちは息を殺して聞き入る。


「ベルテンクさまが王都を牛耳る日も近いのでは?」


 え? 今なんて?

 

「グフフ……、おだてるのはやめろ。……お前の言う品質と異なっていれば、金は返してもらうぞ」

「もちろんですとも、ベルテンクさま」


 ベルテンクって、たしかチコリの奉公先の……。


「ベルテンクさま、どうやって確かめるので?」


 ベルテンクの手下らしい、別の声がする。


「実験さ、実験。すでに先ほど実験用に薬を渡してある」


 何? 何を言っているの?


 わたしは耳をふさぎたくなる気持ちと戦っていた。

 悪夢が現実になるような、イヤな予感がして仕方がなかった。


「実験? 試すんですか、動物か何かで? それとも……人で?」


「どちらと言うべきかな……。しかし手近にいい実験台がいてよかった。グフフ」


 顔から血の気が引いていく。


「まさか……」


 実験台って。


「チコリ……!」


「チコリって?」


 リーズがひそひそ声でセレーナに訊ねる。


「馬車の中で知り合った……」


 セレーナの声はかすれている。

 リーゼロッテが後を続ける。


「私たちの友達だ」


 それを聞いたリーズは、ベルテンクに目を向け、即座にこう言った。


「踏み込みましょう」




   ◆




「それでは交渉成立、ということで?」

「グフフ、よかろ……」


「動かないで!」


 倉庫内にリーズの声が響きわたり、男たちの動きが止まる。


 荷物の陰からリーズが飛び出す。

 男たちが驚いて振り返る。


「現場は押さえた。逃げられないわよ、ベルテンク」


「なんだ? 女一人か?」

「いいえ、違うわ」


 リーズに続いて、わたしたちも飛び出す。


 一瞬戸惑って後じさりした男たちが、やがて笑い出す。


「女四人……しかも子供ばかりじゃねえか。おい、お前たち。やれ」


 男たちは笑いながら、武器を手に取る。


「へへへ……手加減はしねえ」


 と、その中の一人が気づく。


「おい、待て。あれ、リーズ=エアハルト……」


 男の言葉の終わらないうちに、リーズの鉄拳が男の顔に命中していた。

 男が吹っ飛ぶ。


 わたしたちも動く。

 セレーナの拳に男たちはくずおれる。

 わたしは同時に五人を組み伏せる。

 身体強化魔法をかけたリーゼロッテも、次々と相手をひっくり返す。


 あっという間にわたしたちは敵を制圧していた。


 弱い。

 剣を手にするまでもない。

 今まで恐ろしい魔物たちと相対していたわたしたちにとって、敵ではなかった。


「な、なんなんだ、こいつら」

「尋常じゃねえ」


「ひ、ひぃっ!」


 ひとりの男が踵を返して逃げ出そうとする。

 とんがり帽をかぶったその男を、リーズが追って捕まえる。


「わあっ、たすけてくれ」


 首根っこをつかまれた男が、甲高い声で叫ぶ。


「逃げようとした者は、たたっ斬る」


 リーズが大剣を見せると、男たちは全員震え上がった。


 わたしは首領ベルテンクに短剣を突きつける。


「言いなさい! チコリはどこにいるの」


「なんだ? お前……ネコ族か? あいつの知り合いか?」


 じりじりと後ずさりながら、ベルテンクは言う。


 ベルテンクが、さっと振り返り走り出す。

 わたしは即座に回り込み、その肩を掴む。


 そして短剣を目の前にかざす。


「わ、わかったわかった! ……あいつは今ごろ、今昔亭こんじゃくていで薬漬けになってるよ」


 膝から崩れ落ちそうになりながら、わたしはセレーナを見る。


「今昔亭……王都の南にある、老舗宿よ。近いわ」


 わたしはさらにベルテンクに短剣を近づける。


(ミオン)


「どの部屋なの」


 短剣がベルテンクの鼻先に触り、ぷつ、と血の玉が浮き出る。


「痛い! やめてくれ!」


(ミオン、おちつけ)


「言いなさい!」


「ヒダマリの部屋だ! たすけてくれ……どうせ、もう手遅れだよ!」


 わたしの手に力が入る。


(ミオン、それ以上やってはだめニャ)


 わたしはようやくベルテンクを離す。

 どさり、と尻もちをつくベルテンク。


「ここは私に任せなさい」


 リーズが言う。


「え?」


「全員縛り上げておく。……首謀者はどうやらこの二人ね」


 リーズは、ベルテンクととんがり帽の男を睨みつける。


「早く行きなさい!」


 リーズが言う。

 わたしは弾けるように走り出した。




   ◆




「そっちじゃない、ミオン、右よ!」


 わたしは足を滑らせながら方向転換する。

 全力で走りたいわたしは、セレーナの足さえ遅く感じる。


「あとは真っすぐよ!」


 後ろからセレーナの声が聞こえる。

 わたしは一気にトップギアに上げる。


 石畳の街道を、蹴る、蹴る、蹴る。

 死に物狂いでわたしは走る。



 今昔亭は一目でわかった。


 中に飛び込むなり、


「ヒダマリの部屋は!?」


 と訊く。

 わたしの剣幕に驚いたのか、


「そちら一番奥の部屋ですが……」


 と女中さんが言う。


「どうかされたのでしょうか」


 女中さんの問いかけにも答えず、わたしはその部屋に向かって駆け込む。



 扉を開けると、部屋の真ん中に、チコリが倒れていた。



「チコリ!」


 まさか。


「うそよ」


 わたしはチコリの元へしゃがみこみ、揺すってみる。起きない。


「お客さま、あの、どうされました?」


 入口から先ほどの女中さんの声がする。


「はぁはぁ……、ごめんなさい。私はセレーナ=ヴィクトリアスという者だけれど」


 その後ろから、セレーナが息を切らしながら入ってくる。


「部屋代は払うわ。すこし時間をちょうだい」


 わたしはチコリをゆすり続ける。


「ねえ、チコリ。チコリ、起きて」


 やがてリーゼロッテが姿を現す。


「ミオン」

「セレーナ、リーゼロッテ。チコリ……チコリが……」


 セレーナもリーゼロッテも何も言わない。何も言えないのかもしれない。


 わたしのチコリをゆする手は、ひどく震えている。


 本当なの?

 

 わたしの頭にはチコリとの思い出が駆け巡っている。


 私、獣人だから、とチコリは言った。

 ご主人様の悪口は言っちゃダメ、と。


 初めて友達ができた、と。

 働くのが好きだ、と。


 あのチコリが……そんなひどいこと、本当に起こりうるの?

 絶望でめまいがする。


「う……ん……」


 チコリが身じろぎする。


「チコリ!?」


「……ミオン? なぜここにいるの?」


 チコリはわたしを見上げて言う。


「なんともない? 大丈夫なの、チコリ」


「どうしたの、ミオン。泣いているの?」


 そうだった。気づかないうちにわたしは泣いていた。



 そのとき、奥の部屋から人影が現れる。


「何だァ? お前らは」


 その男は足をふらつかせながら、こちらを見ている。


 セレーナが即座に構え、問いかける。


「あなた、まさかチコリに鬼恤薬キジュツヤクを?」


「ハハハ」


 男は笑う。


「そう言われたがな……こんないいものをそんなガキにくれてやるのは勿体なくてなぁ」


 よくみると、男の目は充血し、鼻と口の周りに白い粉がついている。


「ははは! ハハハハハアァー!」


 男の鼻から血が一筋垂れてくる。


「どうやら、自分で使ったみたいね」


 セレーナが言う。


「愚かなやつだ」


 と、リーゼロッテ。


 ああ……本当だ。チコリは、無事だ。


 わたしは、力が抜けすぎて、倒れ込みそうになる。


「ふぁハハ! かかってこい。今の俺には、何でもできる」


 男は息まいている。


「本当だぞ。俺は無敵だ!」


 男は短剣を抜く。

 すかさずセレーナが男の手をねじり上げる。


「なんだァ? ハハハハ!」


 セレーナが男の手をさらにねじり上げる。


「あれェ?」


 男の肩が外れる音がして、短剣が手から落ちる。

 男はまだ笑っている。


「痛みを感じていないみたい……」



「喜んでいいのかな」


 わたしは膝の上のチコリを見つめ、そうつぶやく。

 チコリは不思議そうな顔でわたしを見つめ返す。


 わたしはそんなチコリを抱きしめる。


「チコリ、よかった……。本当によかった!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様ですヽ(´▽`)/ こう言うのはアレだけれども、商売道具の薬を自らに使った男には感謝ですね。 お陰でちが助かったのですから(苦笑) [一言] チリコ本人が知らぬ間に事件の片棒を…
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