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第百八十四話 取引現場

「うれしい!」


 リーズは素直にそう喜ぶ。


「グランパレスの隼の、ほかの二人は、別件の魔物討伐で来られないの。セレーナがいてくれたら心強いわ!」


 満面の笑みで言う。そして、


「つかんだ情報では、おそらく四日後――」


 真剣な顔になり、


「この王都内で取引が行われようとしている。セレーナ、その日、私たちと一緒に警戒にあたってくれる?」


 セレーナは答える。


「もちろんよ」




   ◆




「ごめんなさい、勝手に決めてしまって」

「いいのいいの。わたしも同じ考えだし」


 こんなきれいな王都に、鬼恤薬キジュツヤクなんて広めるわけにはいかないもん。


「でも、本当にあるのかな、取引」


 わたしは食卓の前でつぶやく。

 絵画の中で見たような長テーブルの上には、燭台が置かれ、夕食が並べられるのを待っている。


 そんなテンションの上がる状況の前でも、わたしはちょっと不安。

 なにせ大捕り物になるかもしれないのだ。


「リーズや衛兵たちが念入りに調べた情報だもの。確度は高いんじゃないかしら」

「うう、緊張してきた……ね、リーゼロッテ」


 そう隣を見ると、


「ん?」


 リーゼロッテは、眼鏡に手をやり顔を上げる。

 図書館で調べた内容を記した羊皮紙を、読み返していたみたいだ。


「もう! 夕食の席でまでお行儀わるいんだから」

(ミオンには言われたくニャいと思うが……)


「セレーナ様、お食事ができました」


 ユリナさんがワゴンを押しながらやってくる。


「待ってました!」


 わたしは、ぱん! と手を叩く。

 ユリナさんの持ってきたお料理の匂いが、さきほどの不安を吹き飛ばしてしまう。


「ふふ。今日はめずらしくロック鳥が売りに出されていたので」


 ユリナさんは配膳しながら言う。

 お皿に被せられた銀のふたを、かぱと開けると、飴色に輝く鳥肉があらわれる。


「ロック鳥のグリルと、ロック鳥の卵のブリュ・ホワイテです」


「おいしそー!」


 配膳が終わるのを待ち、早速ひと口いただく。


「うん、おいしー! 皮はパリパリ、身はジューシー!」


「ブリュ・ホワイテもおいしいわ」

「うむ。ロック鳥の卵といえば、ミオンの料理もおいしかったが、これはまた格別だな!」


「あら、ミオンさんは、料理もなさるのですか?」


 とユリナさん。


「もぐもぐ……そんにゃにふぁいしふぁものじゃふぁいです」


 ロック鳥を頬張りながらもごもご言うわたしに、


「ユリナ、ミオンはとても独創的な料理を作るのよ。麦粥に乾燥させたブラックハネンを削ってかけたのなんて、なんというか……初めて食べた味だったわ」


「まあ……教えていただきたいわ。ネコ族の家庭料理」


 とユリナさん。

 わたしは思わず、


「ああ、あのネコ料理」


 と口走り、


「じゃなかったネコ族の」


 あたふたしてしまうわたしに、にゃあ介が、


(物騒な料理を作るんじゃニャい)


 と突っ込むのだった。




「あー、おいしかったー!」


 食事を終え、わたしは素直な感想を述べる。


「ありがとうございます」


 ユリナさんは笑顔で答えてくれる。


「うん、とてもおいしかったわ、ユリナ」



 そして――。




   ◆




 当日。


 わたしたちは前と同じように、噴水広場でリーズと落ち合った。


「ありがとうセレーナ。来てくれたのね」


「ええ。ミオンとリーゼロッテもよ」


 セレーナが言うと、リーズはわたしたち二人を見て、


「……ありが……」


 聞こえないくらいの声でぽそりと言った。


「いいのいいの! 気にしないで」


 リーズが礼を言ってくれるなんて、珍しい。

 わたしは気分を良くして言う。


「取引場所の目星はついてるのかな?」


 しかし、リーズは目を背け、


「…………」


 あちゃー。だんまりだ……。

 わたしは頭をかく。


「取引場所の目星はついているの?」

「一応、いくつかに絞り込んではいるわ」


「リーゼロッテぇ……。セレーナの質問には答えてるぅ」


 わたしの頭を撫でるリーゼロッテ。


 リーズはこちらを気にせず、セレーナと話し込んでいる。


「各所を衛兵たちが張りこんでいるわ。取引の現場を押さえたら、すぐ連絡が来る。それまで巡回して様子を見守るの」

「わかった。それじゃ、早速行きましょう」


 そんなこんなで、わたしたちはパトロールを開始した。




   ◆




 夕刻が迫っていた。


 衛兵たちからは、なんの連絡もない。王都内に怪しげな動きは認められなかった。


「取引を延期したのかしら? あるいは中止?」

「うーん、そうかもしれないわね……」


 難しい顔をするリーズ。


「おかしいな……確実な情報だと思ったのだけれど」


「どこか、見落としているところはないのかな?」


 わたしはそう訊いてみる。

 リーズは心外といった感じで、


「王都の至るところで衛兵が目を光らせている」


 ぶっきらぼうに言う。


「へ、へぇー。じゃ、安心だね!」


 あわてて取り繕うわたし。


 それからふと思いついて、


「映画とかだとさー、港の倉庫とかで取引が行われたりするんだよねー」


 とつぶやく。


「映画?」

「なんだそれは」


 不思議そうなセレーナとリーゼロッテ。


「あ、いやなんでもない」


 突然、


「ちょっと待って。今、何て!?」


 リーズが声を上げる。


「ご、ごめん。映画って言ってもわかんないよね」


「そうじゃない!」


 リーズの顔色が変わる。


「港……盲点だった!」




   ◆




 わたしたちは港の倉庫に隠れている。


 倉庫内には雑多な荷物が、山のように積まれていた。

 いたるところにわたしの背丈を超えるほどの荷物の塊が置かれている。


 その荷物の山にわたしたちは身を寄せ合って姿を隠していた。


「来ないね」


 わたしたちは急いで王都の東側にある港へ移動し、しばらくの間ここに隠れているのだが、誰かがやってくる気配はなかった。


 ま、そりゃそうか。あんなの単なる思いつきだもんね。


 そろそろ、日も傾いてきた。

 暗い倉庫内、わずかに射し込む夕日だけが、わたしたちの顔を照らしている。


「ね、そろそろ帰ろうか」


 そう提案したときだった。


「しっ」


 リーズが指を立てる。


 物音がした、と思うと、倉庫の扉が開いた。

 何者かが、倉庫内に入ってくる。


 一人目の男が、外に向かって手招きする。

 すると二人目が。


 さらに三人、四人……と続く。

 はっきりとはわからない。けれど、あれって武装している……?

 中には、何か、重そうな木箱を抱えている者もいるようだ。

 

 結局、入り口から次々と、十数人の男たちが姿を現した。


 わたしはごくりと唾をのむ。


「ほ、ホントに来た……」


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