第百八十三話 衛兵隊の目的
「リーズ!」
セレーナは手を口に当て、
「ああ驚いた」
と笑う。
「元気そうね、リーズ」
「うん。セレーナも元気そうでよかった!」
わたしとリーゼロッテは顔を見合わせる。
「わたしたちは、空気みたいなもんだね……」
リーゼロッテは肩をすくめる。
リーズにはセレーナしか見えていないみたい。
「ようし」
わたしは思い切って声をかけてみる。
「リーズ、久しぶりだね!」
きっと無視されるんだろうな……。そう半分あきらめていると、
「……そうね」
と、意外にも返事が返ってくる。
おっ? 予想外。
時間を置いたら、ガードが下がった?
これは打ち解けるチャーンス!
わたしは、
「リーズのその白い甲冑、すごくすてきだね!」
とフレンドリーに話しかける。
「…………」
「き、きっと特注品だよね! 自分で選んだのかな?」
「…………」
……たはーっ。
やっぱ、ダメでした。
(無理に仲良くなろうとしない方がいいんじゃニャいか? なつこうとしないネコみたいなもんニャ)
「うー……いつかはなついてくれるのかなぁ」
(ま、気長に接するニャ)
「ねえ、セレーナ。もっと頻繁に王都へ寄ってよ」
リーズはもうセレーナと別の話題を始めている。
リーゼロッテが、撃沈したわたしの肩を叩いて慰める。
「無理よ。魔法学校へ通っているの。話したでしょう?」
セレーナがリーズにそう言うと、
「魔法かあ。それって有用なの?」
リーズが訊ねる。
「使い方によってはね。それから人によっても。あなたも見たでしょう? ミオンの魔法を」
「…………」
「リーズ殿、お知り合いですか」
そこで衛兵の一人が声をかけてくる。
「ええ、大親友よ。ちょっと話をしててもいいかしら」
「ハッ」
そう言って衛兵は下がる。
どうやら、リーズは衛兵隊と行動を共にしているみたいだ。どういうことだろう?
セレーナが言う。
「リーズ、なんだか衛兵が多いみたいだけれど。何かあったの?」
◆
「ラーヒル?」
セレーナが眉をしかめる。
「ええ、最近、王都に広まってきているようなの。所持者を何人か確保しているわ」
「確かなの?」
「間違いない。何者かが王都でラーヒルの売買を行っている――」
「ラーヒルって?」
わたしはリーゼロッテに訊ねる。
「ラーヒル。ユーグラスという野草から生成される鬼恤薬の一種だ」
「キジュツヤク?」
「まさか知らないのか? 使うと気分が高揚し、疲れが吹っ飛ぶ」
「へえ?」
少なからず興味を示したわたしに、リーゼロッテはちょっと語気を強めて言う。
「だが効果が切れると地獄が待っている」
「え」
「気分は地の底に落ち、立ち上がれないほどの倦怠感。それに焦燥感、不安感、恐怖、幻覚に幻聴……」
「げ、幻覚……」
「楽しい幻覚じゃないぞ。よくあるのは生きたまま虫に喰われる幻覚だが」
わたしはぷるぷると震え出す。
「もっと酷い幻覚もあるらしい。大なめくじになめまわされたり、ケット・シーにけっとばされたり……」
「ひーん、もうやめてー」
涙目でそう懇願する。リーゼロッテは、
「だから一度使うとやめられなくなる。常用すると身体はボロボロになり人格は荒廃する。決して手を出してはならない禁断の薬だ」
そう釘をさすように言う。
気がつくと、わたしは両腕で自分の身体を抱きしめるようにして立ちすくんでいた。
鬼恤薬……こわすぎる。
「そんなもの、いったい何のために……」
「お金よ」
セレーナが背中で答える。
「簡単なものよ。一度使わせてしまえば、もう抜けられないんだから」
台詞に反して、声色には強い憤りが感じられる。そういう卑怯な行いを、セレーナは特に許せないようだ。
「もちろん、手を出す方だっていけないわ。鬼恤薬を使うのは悪魔に魂を売り渡すようなものだもの。だけど、手を出したらどうなるかわかっていて人を地獄に陥れるのは――」
「ああ」
「許せないわね」
セレーナだけじゃない。リーゼロッテも、リーズも、みんな心底怒っているみたいだった。
「……それで?」
セレーナがリーズに話の先を促す。
「衛兵隊や、王都軍が情報を詰めたところ、近々ラーヒルの大きな取引が行われることを掴んだの。それで――」
リーズは頭を少し前へ傾け、あたりを窺うように目を動かす。
「それで、現場をおさえようと準備を固めていたわけ。用心棒のために私も駆り出されたの」
「そうだったの」
「ええ。……この王都に鬼恤薬など持ち込ませない」
リーズが強い調子で言う。
セレーナは深くうなずくと、言った。
「私も、よければ協力するわ」




