第百八十二話 王都衛兵隊
「いくぞ」
朝早くからリーゼロッテにがばっと毛布を引きはがされる。
「あと三十分~……」
わたしは毛布を取り返して、中に逃げ込もうとする。
だが、
「ミオン、起きろ」
リーゼロッテはふたたび毛布を引きはがして、こう言う。
「いこう、早く。本が待っている」
「ううん、ねむいぃ~」
ここ数日、こんなやりとりを繰り返している。
毎日、図書館で薬草について調べているのだが、いまだ手掛かりは掴めていなかった。
◆
図書館へ向かう道中、わたしは大きなあくびをしながら歩いていた。
「ふぁ~。元気いいねリーゼロッテは」
「はっはっはっ。こんなのなんでもない。一ヵ月でも続けられるぞ」
何か、とんでもないこと言ってる……。
「ミオンも一ヵ月くらい勉強したらいいニャ」
肩に乗ったにゃあ介が言う。
「一ヵ月も続けたら、死んじゃう」
「それはちょっとやりすぎね」
セレーナがおかしそうに笑う。
リーゼロッテは何がおかしいかわからない様子だ。
「なんだ? あんなに本があるんだぞ。一ヵ月では足りないくらいだ」
「一週間でも無理……」
そう言いかけたわたしの語尾は、怒気をはらんだ大声にかき消される。
「おい! お前たち」
ぎょっとして振り返ると、街路の向こう側から数人の大人たちが足早にやってくるところだ。
彼らは皆、白い制服と帽子を纏っている。
「お前たち、見ない顔だな。すこし話を聞かせてもらおうか」
急に言われて、わたしはあたふたしてしまう。
「ここで何をしているんだ? 名は何という?」
「あ、あのあの……」
「ヴィクトリアス家第二十四代当主、セレーナ=ヴィクトリアス」
セレーナのよく通る声が響く。とたんに、制服の男たちの足が止まる。
「なに?」
「なんだって!」
男たちはしばらくこちらを見つめた後、
「……たしかにヴィクトリアス嬢だ」
「これは失礼いたしました。その……不審者かと勘違いしてしまいまして」
「いいのよ、ご苦労様。もう行ってもいいかしら?」
「はっ」
「それでは……」
「はぁ~あせった~。いきなり職質されたぁ」
「あれは王都の衛兵隊よ」
男たちが去った後、セレーナが言う。
「衛兵隊?」
「王のために働く兵士よ。王都の治安を守っているの」
「へぇー、かぁっこいい!」
白い制服の彼らはとても強そうで、あんな人たちに守られているなら、さぞ王都の住民は安心だろうな、と思った。
「不審者扱いとは失敬ニャ。ミオンはともかく」
「ちょっと。いきなり怒鳴られたときはびっくりしたけど」
「そうね。なにか警戒していることがあるのかしら」
セレーナは思案げだ。
「でもセレーナもかっこよかったよ。ヴィクトリアス家当主! って」
わたしが冷やかすと、セレーナは恥ずかしそうに言う。
「ミオンたら。やめてよ」
そんなわたしたちのやりとりもほとんど聞いていないかのように、リーゼロッテは、
「さあ早くいこう」
と急かすのだった。
◆
「さて、今日もやるか」
リーゼロッテは生き生きしているが、わたしはすでにお腹いっぱいだった。
昨日も何時間にも渡って調べものをしたばかりなのだ。
「でも、しかたない……旧極魔法のためだもんね」
気合を入れて、わたしは本棚の前へ向かう。
「昨日はこの辺りまで調べたから……」
ずらーっと並ぶ本を眺め渡し、
「うへー。まだまだありますね……」
うんざりしすぎて変な敬語が出る。
「ふふ、ミオンは勉強が嫌いなのね。私も少し疲れているけれど」
セレーナが笑う。
その隣でリーゼロッテは嬉々として分厚い本を次から次へと手に取っている。
「やれやれ」
わたしはしぶしぶ、なるべく薄そうな本を本棚から抜きだすのだった。
◆
「あれ?」
何時間も字とにらめっこした後、本から顔をあげたわたしは、首を傾げる。
「どうしたの?」
セレーナが訊ねる。
「あれって……」
わたしの視線の先には、二人の男が立っている。
男たちはどうやら図書館の司書に話を聞いているようだが、その二人が着ているのは、間違いなく朝見た白い制服と同じものだった。
「王都衛兵隊……」
「衛兵がここで何をしているのかしら?」
セレーナも不思議そうだ。
司書と、すこしの間やり取りをした後、衛兵隊は図書館から出ていった。
「何だったのかな?」
「わからないわ」
「パトロールでもしてたのかな」
リーゼロッテはといえば、本から全く目を離さない。
本の中に入り込んでいるみたい。すごい集中力だ。
「ちょっと、リーゼロッテ。そんなに入れ込んだら疲れるでしょ?」
リーゼロッテの肩をゆする。リーゼロッテは本から顔を上げると、心底不思議そうに、
「何がだ? じゅうぶん心の安らぎを得ているではないか」
と言う。
わたしはふー、とため息をついて、
「ちょっとどこかで休憩しようか」
と提案する。
「いや、いい」
リーゼロッテは即答する。
「本がこんなにあるというのに、どこへ行く必要がある?」
そうわたしに迫ってくる。
「なあミオン。本がこんなにあるのに」
め、目に狂気が宿っている……。
「ミオン。本がこんなに」
「だめ。休憩するよ、みんなで!」
わたしが言うと、セレーナが、
「たしかにたまには外の空気を吸った方がいいかもね」
と援護してくれる。
わたしはリーゼロッテの首根っこを掴んでずるずると引きずっていく。
それでも図書館を出るとき、まだぶつぶつと言っていた。
「本がこんなにあるのになぁ……」
◆
「ね、外に出たら気分がいいでしょ」
「まあな。しかし図書館はもっと気分がいいのだが」
「…………」
わたしたちが今いるのは、白い獅子の像がある噴水広場。
この広場は王都でも指折りの美しい場所だ、とわたしは思う。
「ここより図書館の方がいいなんて……あれ?」
広場を見回していたわたしは、思わず首を振って二度見する。
そこには、白い制服を纏った十人近くの人間の姿があった。
「王都衛兵隊だ」
「本当。何かあったのかしら」
わたしたちは、彼らの方向をじっと見つめる。
衛兵隊の面々は、何かを話し合っているようだ。
これで朝から何度目だろう? 彼らを見かけるのは。
ちょっと不自然だ。やはり、この王都で何かがあったのだろうか……。
突然、
「セレーナ!」
という声が背後からして、飛び上がる。
衛兵隊の方に意識を集中していたから、驚きすぎて心臓が飛び出すかと思った。
「セレーナ。来てたのね!」
振り返ると、白い甲冑に身を包んだ、リーズ=エアハルトが嬉しそうな笑顔を浮かべて走り寄ってきた。




