第百八十話 別れ
王都が近づくにつれ、チコリは口数が少なくなっていった。
「楽しかったね。みんなで野宿したり、キャンプファイアしたり」
わたしは何とか場を盛り上げようとする。
「うん、本当に楽しかった。……あたし、一生分の思い出にする」
「お、おおげさだよ、チコリちゃん!」
「そうよ。あなたの人生はまだまだこれからよ」
セレーナも、チコリを元気づけようとする。
「この中で一番若いんだからな」
「ちょっとリーゼロッテ、おじいちゃんみたいなこと言わないでよ。わたしたちだってまだ若いんだからね!」
でも、せっかく友達になれたのに、もう別れなくてはならないなんて。
わたしは考える。
このまま、チコリを奉公先に帰していいの?
わたしは、思い切って言った。
「……チコリちゃん、奉公なんて、やめちゃえば?」
「え?」
「そんな奉公先、帰るのやめちゃえばいいじゃない」
「ミオン」
「そうだ、やめちゃいなよ。わたしだったら、とっくに家出してるね」
「……無理よ。家出したって、あたしひとりじゃ暮らしていけないもの」
「でも、そんなひどい奉公先……」
「やめて!」
チコリは以前と同じように、目を閉じて両手を広げ、わたしたちを止める。
「ご主人さまの悪口はダメだってば」
「でも……チコリちゃん」
「いいの。あたしはいいの」
チコリは弱々しく笑う。
「…………」
「それにね、あたし、働くの嫌いじゃないし」
わたしたちの間に沈黙が落ちる。
馬車の速度が緩まってきた。王都の停車場が近い。
「ち、チコリちゃん、かならず遊びに行くからね!」
「……うん!」
馬車が止まる。
わたしたちは扉を開け、馬車を降りる。
しばらく、お互い見つめあう。
「それじゃ……」
と、名残惜しそうにチコリは歩き出す。
王都の白くきれいに舗装された道を歩きながら、チコリは何度も振り返っては、こちらへ向かって手を振る。
わたしたちも、何度も手を振り返す。
そんなチコリの姿も、やがて小さくなっていった。
◆
チコリと別れたわたしたちは、セレーナの別邸へ向かう。
みな考えるところがあるのか、すこし無口だ。
しばらくして、別邸が見えてきた。
「お帰りなさいませ、セレーナ様」
扉が開き、現れたバートさんがうやうやしく頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ミオン殿。お帰りなさいませ、リーゼロッテ殿」
「バートさん、こんにちは!」
「セレーナ様!」
バートさんの後ろから、今度はユリナさんが顔を出す。
「ミオンさん、リーゼロッテさん!」
「あっ、ユリナさーん!」
わたしは手を振ってこたえる。
「またお邪魔します! これ、つまらないものですが……」
「もう! ミオンったら」
荷物からドミンゴの実を取り出すわたしにセレーナが突っ込む。
「バート、ユリナ、悪いわね、世話をかけて」
セレーナの言葉に、
「とんでもない」
「大歓迎でございます」
と二人。
セレーナは微笑み、
「二人して、外へ用だったの?」
と訊ねる。
「ええ、ちょうど天気を確認しようといたしておりましたら、お三人さまが……」
ユリナがぷっと吹き出す。
「うそですよ。二人で窓から、早く皆さんが来ないか、ってずっと窺っていたんです」
「これ、ユリナ」
オホン、と咳ばらいをして髭をなおすバートさん。
そんな二人の姿に、わたしたちは思わず笑うのだった。
バートさんと、ユリナさんに会って、すこしだけ元気が出た。
明日になったら、カライの村の長老に聞いた薬草の情報を得るため、王立図書館へ向かおう。
わたしたちは、久しぶりのふかふかのベッドで深い眠りについた。




