第百七十八話 みんなで野宿
たったっ、という足音を響かせて、金色の長い髪の女の子がこちらへ走ってくる。
セレーナだ。
「伝書鳩を頼んできたわ。明日、朝一番で飛ばしてくれるって」
「そう、よかった」
「先に宿へ行っているものだと思ったけれど」
セレーナはそう言いながら、
「……あら?」
地面に寝袋を広げているわたしたちの方を見て、首を傾げる。
「セレーナ、ごめん。わたしたち、野宿することになった」
わたしは頭を掻きながらそう説明する。
「え?」
「だからセレーナは遠慮せずに宿へ泊まって」
「何言ってるの」
セレーナは一目で状況を理解したのか、
「それならもちろん、私もつき合うわ」
と、寝袋の準備を始める。
「でも、セレーナはお嬢さまなのに……」
わたしが言いかけると、セレーナにギロッとにらまれる。
「大丈夫よ。私が一人旅してきたの知ってるでしょ」
「あ、そうか。そうだよね」
チコリは困った様子でわたしたちを見つめている。
「みんな、なんでそこまで……」
「友達だもん、当然でしょ」
わたしは笑う。
「野宿はあんまり好きじゃないけど、この仲間と一緒なら、絶対楽しいよ」
「うむ。ここなら星も見える」
「外で寝るなんて、久しぶり。なんだかとても気持ちよさそうね」
リーゼロッテとセレーナも笑顔だ。
「チコリちゃん、わたしの寝袋つかう?」
「いい! いい!」
とんでもない、というように首を振るチコリ。
「遠慮しいだなあ……じゃ、この毛布つかって!」
「もう一枚あるわよ」
「私のも」
たちまち、チコリの元へ三枚の毛布が集まる。
チコリはそれを抱きしめて、
「ありがとう……あったかい」
と声を詰まらながら言う。
「さあさ! みんな、くっついて寝るよ!」
わたしたちはチコリを真ん中に、ぎゅうぎゅう押し合うように密着して、横になる。
「わあ、星きれい!」
「本当ね。こっちへ降ってきそうだわ」
寝袋から顔だけを出して仰向けに寝ているわたしたち。
満天の星空が、そんなわたしたちを包み込むように広がっている。
冷たく澄んだ空気が、星の粒のひとつひとつまでくっきりと浮かび上がらせる。
いつも見えている大きな輪を持つ惑星も、鮮やかに青白く輝いて見える。
まるで、星の海にわたしたち四人だけが、浮かんでいるみたい。
「星で方角を知ることができるのを知っているか?」
リーゼロッテが言う。
「わあ、こんなときに授業するのやめて! リーゼロッテ」
「あたし聞きたいな」
チコリが言うと、リーゼロッテはうれしそうに、
「いいか、まず北の方の空は星の動きが違うんだ……」
と話し始める。
熱心に聞き入るチコリに、苦笑するわたしとセレーナ。
そんな風に夜は更けていった。
◆
翌朝は冷え込んだけれど、わたしたちは元気だった。
「おはよう! チコリちゃん」
チコリは誰よりも早く目を覚まして、毛布を畳んでいた。
「おはよう、ミオン」
チコリは目を細めて朝日を見つめながら、
「こんなに気持ちのいい朝、初めて」
とつぶやく。
「きっと……友達が一緒にいるからね」
そう言って、うふふ、と笑う。
どうやら、まだ「友達」という言葉の響きに慣れないらしい。
「おはよう。今日は早いわね、ミオン」
「ん……もう朝か。ミオンはもう起きていたのか」
セレーナとリーゼロッテも目を覚ます。
「すこし寒いけど、すてきな朝ね」
「うむ。今日はいい天気になりそうだな」
みんなで、朝日の昇る空を眺める。
「……それじゃ、そろそろ行こっか」
なんだか名残惜しい気もするけれど、わたしたちは寝袋をしまって馬車の停車場へと向かった。
◆
停車場で馬車を待ちながら、わたしたちは干し肉を齧って軽い朝食をとる。
チコリは申し訳なさそうに干し肉を受け取って、おいしそうに食べた。
「馬車、ちょっと遅れてるみたいだね」
わたしが言うと、
「こなくても」
ぽつり、とチコリが言った。
わたしはハッとしてチコリの顔を見る。
「なーんて、冗談」
チコリは頭の上で手を組み、ぺろっと舌を出す。
「……早く帰らないとご主人さまに怒られちゃうしね」
けろりとした顔をしているが、「馬車がこなくていい」というのがあながち冗談でないことは、痛いほどよくわかった。
「チコリちゃん……」
セレーナとリーゼロッテも、チコリの言葉を聞いて胸を痛めているのが伝わってくる。
「ね、次の停車場で魔法見せてね!」
チコリは、明るくふるまう。
これから奉公先に帰らなくてはならないことを、つかの間でも忘れようとしているみたいに。
「わかった、見せてあげる。楽しみにしててね!」
「やったー!」
「ふふ……ミオン、あまり魔力を込めすぎたらだめよ。ミオンが本気を出したら……」
「街が吹っ飛ぶかもしれないからな」
「ええっ、ほんと!? すっごーい!!」
わたしたちはみんな、この先に別れが待っていることを知りながら、明るく、楽しく過ごした。
チコリが楽しそうにしていることが、何よりうれしい。
みんな、わかっていた。
きっと、帰りたくなんかないんだ。
黄色いレンガ造りのクレメントの街に朝日が降り注ぐ。
小さな街角で、いつも以上に話して、いつも以上にふざけあって、すこしでもチコリに素敵な思い出をつくってあげようとわたしたちは笑う。
「へへ。まあ、魔力にはちょっと自信があってね」
「ミオン、調子に乗っちゃだめよ」
「学力の自信もつけなくちゃだめだぞ」
「ぐ、ぐぅ……」
「あははは!」
チコリも笑う。
そんなときでも、時間は待ってくれない。
笑顔だって泣き顔だっておかまいなしに、いつだって同じように――いや、楽しいときほど早く時間は流れる。
「あ……」
チコリがつぶやく。
朝日に照らされた街道の向こうから、馬車がこちらへ向かって走ってくるのが目に入った。




