第百七十七話 友達
「あたしが、友達……?」
チコリが目をぱちぱちと瞬かせる。
言葉の意味が、頭に浸透してこない……そんな表情だ。
「うん。チコリちゃんと、わたし」
わたしは自分を指さす。
「チコリちゃんと、セレーナ。チコリちゃんと、リーゼロッテ。みーんな友達だよ」
チコリは順に指さしていくわたしを、ぽかんと見つめている。
「あたし、獣人なのに」
「それは関係ないと言っているでしょう?」
セレーナが言う。
チコリはうつむく。自分の手をじっと見つめている。
「自分のことを獣人なんて、呼ばなくていいのよ」
セレーナは、やさしく声をかける。
「あなたは他の誰にも劣らない」
「ほんとに?」
顔を上げたチコリは、期待と不安の入り混じった目をセレーナに向ける。
「ええ、それどころか、ひどい境遇で頑張ってるあなたは私たちよりずっとえらいわ」
「そんなこと!」
チコリはぶんぶん首を振る。
「チコリちゃんはえらい。間違いないよ」
「うむ。私も、友達になれて誇りに思う」
チコリの目に涙が溜まってくる。
わたしたちは、チコリを笑顔で見つめる。
「友達……友達……」
そうつぶやくチコリの顔は、なんだかくすぐったそうに見える。
それから、涙目のチコリは、えへへと笑ってうれしそうにこう叫んだ。
「あたし、初めて友達ができた!」
◆
順調に東へ進む馬車の中、会話が弾む。
「えーっ、三人は魔法学校の生徒なの?」
チコリがドミンゴの実を持ったまま、目をまん丸にして驚く。
わたしがあげたドミンゴの実を、チコリはおいしそうに少しずつ味わって食べていた。
「うん、そうだよ」
「じゃ、じゃあ、魔法が使えるの!?」
頭の上のネコ耳がぴょこんと動く。
「ええ、まあ」
「一応な」
「すごい!!」
チコリは興奮して、身を乗り出す。
「それじゃ、火とか、水とか……火とか、水とか!」
「落ち着いて、チコリちゃん」
わたしは笑う。
「いつか、チコリちゃんにも見せてあげるね」
その言葉に、目をきらきらと輝かせてうなずくチコリがとても微笑ましかった。
◆
「ありがとうございましたー!」
わたしは馬車を飛び降り、ここまでお世話になった馭者さんに挨拶する。
「うーん」
伸びをして、固まった身体をほぐす。
辺りは暗い。
街道のすこし先でぽつぽつと光っているのは、クレメントの街灯りだ。
「さあ、宿をとらないとな」
「私、明日の朝飛ばす伝書鳩を頼んでくるわ」
「うん、わかった」
「間に合うかしら」
そう言うと、セレーナは急いで街道を駆けていく。
たん、たん、という小気味いい足音を立てて、金色の髪の毛をなびかせながら走っていく彼女を、わたしたち三人は後ろから眺める。
「セレーナさん……きれいな人」
チコリがつぶやく。
「チコリちゃんも大きくなったらきれいになるよ!」
わたしが言うと、チコリは首を振る。
「そんなはずない……あたしなんて、ちっちゃいし貧相だし」
「だいじょうぶ! わたしには分かるもん」
想像もできない、といった顔のチコリ。
「まー、わたしを信じなさいって。チコリちゃんは絶対、きれいになれるよ。……わたしみたいに!」
ぽかーんと口を開けるチコリとリーゼロッテ。
(しれっとすり替えるんじゃニャい)
「あれ、ばれた?」
わたしはオホンと咳払いをして、話を変える。
「さあ、それじゃわたしたちも」
「……あ、ああ、宿をとらないとな」
夜も近い。明日は早いし、早く休みたい。
「このあいだ泊まったところでいいかな?」
「ああ。いいんじゃないか」
「窓からの景色も良かったしね」
わたしとリーゼロッテは宿へ向かって足を進み始める。
しかし。
「チコリちゃん?」
チコリがその場に立ち止まったままだ。
「それじゃ、あたしはここで」
「ここで、って……どうしたの?」
チコリは動こうとしない。
「一緒に宿へ行こうよ」
「……お金、ないから」
チコリは笑う。
「馬車賃しか貰ってないの」
「そんな……」
「いいの。あたし、ここで寝る」
すこし和らいできたとはいえ、気候はまだまだ寒い。
きっと夜中はさらに冷え込む。
ううん、その前に、こんなところで子供一人、野宿するだなんて。
「わたしが出すよ!」
「そういうわけにはいかないもん」
チコリの表情には、断固とした意思が感じられる。
わたしはリーゼロッテと顔を見合わせる。
「仕方ないな」
「チコリちゃんがそこまで言うなら」
「うん。それじゃまた、明日の朝……って、なにしてるの?」
荷物を下ろし始めたわたしたちを見て、チコリが戸惑う。
「決まってるでしょ」
わたしとリーゼロッテは、同時に答える。
「わたしたちも野宿する」




