第百七十六話 チコリ
チコリとわたし、リーゼロッテ、セレーナ、四人を乗せた馬車は、東へ向かって走っている。
馬車内なので肌寒いというほどではないが、日が少し傾いてきた。
「チコリちゃんはこれから王都に帰るところなんだよね」
ちょっと考え、
「王都……王都か……。そうだ」
わたしは手をぽんと叩く。
「王都へ行って王立図書館で例の薬草について調べるっていうのはどうかな?」
そう提案してみる。
「そうね……」
「ふむ」
セレーナとリーゼロッテがうなずく。
「そうすれば、チコリちゃんともしばらく一緒に旅ができるし。……ねっ?」
「いいと思うわ」
「わるくないな」
「よし! あっ、でも……」
「なに?」
「お金があんまり……。王都の宿なんてさぞお高いだろうし……」
わたしはもじもじと上目遣いでセレーナを見る。
「わたしの別荘に泊まればいいじゃない」
「いいの?」
「もう。遠慮しないでって言ってるでしょう」
「やったー! ふかふかのベッド、おいしい料理……じゅるり」
「はじめからそのつもりだったでしょ、ミオン。お見通しよ」
「でへへ、ばれたか。よし、じゃあ決まり!」
わたしはそう言うとチコリに向かって、
「チコリちゃん、わたしたちも一緒に王都まで行くことになったよ!」
すると、チコリは満面の笑みで、
「ほんと? うれしい!」
と喜ぶ。
子供らしい、あどけない表情だ。
「またあの図書館へ行けるのか……」
「リーゼロッテ、よだれよだれ! バートさんとユリナさん元気にしてるかな~」
「伝書鳩を飛ばしておかないといけないわね」
そんなわたしたちのやりとりを見て、チコリの表情がすこし曇る。
「ミオン、あのね」
チコリは、心配そうにわたしの方へ身を乗り出す。
「ん? どしたの?」
わたしがその口元に耳を寄せると、チコリはこう言った。
「ミオン、ご主人さまに対して口の利き方がよくないわ」
◆
「え? ともだち?」
「そう」
「セレーナさんと、リーゼロッテさんと?」
「うん」
わたしは召使いじゃなくて、二人と友達。
そう説明したが、チコリはすごく不思議そうな表情をしている。
「ネコ族なのに、友達になれるの?」
「チコリちゃん。誰とだって、友達になれるんだよ」
「獣人と貴族でも?」
まだ信じられないという顔でチコリが訊ねる。
「獣人だからとか貴族だからとか関係ないの!」
チコリがちらりと遠慮がちにセレーナを見る。
「ええ。関係ないわ」
セレーナが言う。
「出身や身分なんて関係ない。誰もが尊重されるべき存在よ」
「尊重……?」
「大事にされる必要がある、ということだ」
リーゼロッテが説明する。
チコリの質問が止まらない。
「大事に? 誰でも?」
「そうだ」
「そうよ」
わたしは微笑む。
「もちろん、チコリちゃんもだよ」
その言葉に、ぽかん、と口を開けるチコリ。
「あたしが? 大事にされる?」
チコリは眉間にしわを寄せながら、言う。
「そんなこと……考えたこともない」
「じゃあ、これから考えようよ」
わたしがそう言うとチコリはうつむいて、
「難しいわ。……それに」
「それに?」
「なんだか、怖い」
「怖がることないよ。簡単だよ」
チコリはまたうつむいて、すこしの間考え込む。
それから顔を上げ、ぶんぶんと首を振った。
「無理よ! やっぱり怖いわ」
「チコリちゃん……」
これまで、どれだけ虐げられてきたのだろうか。わたしは胸が痛む。
チコリが小さな声で言いかける。
「あたし、今まで通りでいい……」
「もう遅いね!」
わたしは叫ぶ。
ビクッとするチコリちゃん。
その目を真っすぐ見つめて、わたしは言う。
「チコリちゃんは、もう、わたしたちの友達だから」




