表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/604

第百七十五話 ネコ族の子

 その子の頭には、ネコの耳があった。

 茶色い髪の毛の間から、黒いネコ耳がピンと立っている。


 でもわたし以外、誰も気づいていないみたい。

 わたしはビビビと自分の頭を指さして、アピールする。


「あっ」

「おっ」

「え?」


 セレーナ、リーゼロッテ、それから今馬車に乗ってきた、ネコ耳の女の子も同時に気づく。

 女の子と目が合うと、わたしはニコッと笑ってみせる。

 女の子は驚いたように目を見開く。


「あなたも……?」

「はじめまして!」


 わたしは、元気よく挨拶する。


「は、はじめまして。あたし、ネコ族のチコリ」

「へぇ、チコリちゃん、かわいい名前だね。わたしはミオン。よろしくね!」

「あ……こちらこそよろしく」


 続いてセレーナとリーゼロッテも挨拶する。


「セレーナよ。よろしく」

「私はリーゼロッテ」


「せ、セレーナさん、リーゼロッテさん。よ、よろしくお願いします!」


 チコリはペコリ、ペコリ、と頭を下げ、


「あ、あたし、同じネコ族に会うなんて、すっごい久しぶり……。なんかうれしい」


 とわたしを見る。


「あ、そうだね。わたしもうれしい」


 華奢で小柄なチコリは、グランパレスの隼のリーズと同じくらいの歳だろうか。

 茶色っぽい髪からはネコ耳が突き出ているが、わたしのように人間の耳はついていない。


 そうだ。

 わたしは本当のネコ族じゃないんだし、どこの出身か、とか訊かれたら答えられない。どうしよう……。


「ミオンは、どこの村の出身なの?」


 げっ、いきなりきた。まずい。


「あ、あのね、あのその」


 わたしがへどもどしていると、


「なんてね。訊いてもわかんないんだけど」


 チコリはそう言って笑う。


「?」


 わたしが首を傾げていると、


「あたし、ちっちゃい頃に奉公に出されちゃったから、ネコ族だけど、ネコ族のことあんまり知らないの」


「そうなんだ……」


 ほっとしながらも、チコリの境遇に驚く。


「今日は、ご主人さまのお使いの帰りなの」

「へえー偉いね! そんなに小さいころから働いてるんだ」


 わたしは感心する。


「ねえ、ちっちゃい頃ってどのくらい前?」

「うんとちっちゃい頃。お母さんとお父さんの顔もあんまり覚えてないくらい」


 チコリはちょっと寂しそうに笑う。


「……あたしのご主人さまは、ベルテンクファミリーの首領なの」


「ベルテンクファミリー?」


 セレーナが反応する。


「王都のベルテンクファミリーのことかしら?」

「そう! 知ってるの?」


 チコリが言う。


「ええ。わたし、王都に別荘を持っているの」


 セレーナはわたしとリーゼロッテに向かって、


「ベルテンクファミリーは、王都の最も大きな商会の一つよ。アルコール類を一手に取り仕切っているの」


 と教えてくれる。

 チコリはうなずいて、


「あたしは、お酒の風味づけに使う香草を、とってくるお使いを頼まれていたの。ご主人さまの大好物だから」


 チコリが籠を掲げてみせる。籠にはいっぱいの香草が入っていて、甘い香りが立ちこめる。

 ちょっとバニラの香りに似てるかも。


「ミオンのご主人さまは、若くておきれいね!」


「え?」


「ミオンは、セレーナさんとリーゼロッテさんのお供で旅をしてるんでしょう?」


「…………」


 言葉が出てこない。

 どうやらわたしは召使いだと思われているようだ。

 セレーナとリーゼロッテはぷっと吹き出す。


「……オホン。チコリちゃんは、グランパレスから、こんな遠くまで、一人で?」


 わたしは訊ねる。

 チコリがこくりとうなずく。


「そっかぁ、大変だねー。ご主人さま、喜んでくれるといいね」


 するとチコリはキョトン、とした顔で言う。


「あら、あたし召使いだもの。これくらい当然だわ」


 馬車が、がくん、と揺れる。

 外を見ると、でこぼことした丘陵地帯にさしかかっている。


「え? そうなの? わたしだったらたっぷりお駄賃せびるけどなぁ」


 わたしが驚くと、


「お金なんてもらったら、罰が当たるわ。おにぎりだって頂いたのに」


「おにぎり……って、それだけ?」


 信じられない思いで、わたしは訊く。

 よく見ると、チコリはかなり痩せていて、顔も手足も汚れている。


「ひょっとして、この旅の間、おにぎり一個食べただけなの?」


 セレーナとリーゼロッテも気色ばむ。


「それはちょっと……」

「酷いな……」


 チコリはまだキョトンとしている。

 そして、


「このあたりには、食べられる山菜も多いから」


 と平然と言ってのける。


 わたしは急いで布袋に手を入れる。セレーナ、リーゼロッテも。

 三人同時に取り出したのは、携帯用の干し肉。


「こんなのしかないけど……」


 チコリは手を振って、


「あ、あたしに? でも、もらうわけには……」


 と言いかけるが、次の瞬間「くー」というかすかな音が鳴る。チコリのお腹の音だった。

 赤くなって、うつむくチコリ。


「ほら、食べて食べて」


 わたしは干し肉を無理矢理手渡す。

 おずおずと一口、口に運んだチコリだが、やがて一気にむしゃむしゃとほおばり始める。よほどお腹が空いていたのだろう。


「それにしても……ブラック企業より酷いね」

「ブラッ……え?」


 怒りがこみ上げてくる。


「チコリちゃんはまだ子供なのにさ。こんな遠くまでお使いに出して、おにぎり一個で平気な顔してるなんて、どうかしてるよ!」


「やめて!」


 チコリが叫ぶ。

 おどおどと周りを窺う。


「だめよ。ご主人さまの悪口を言ったりしたら」


「なんで? そんな扱いされてどうして黙ってるの?」


 わたしは納得がいかない。


「なんでって、決まってるじゃない」


 チコリは当然みたいに言う。

 疑いもなく、まっすぐな目をしているのが、なぜか逆に心に痛かった。


「あたしたち、獣人だもの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 同じ(?)獣人仲間のミオンと巡り会えたチリコ。 彼女の境遇は悲しいモノですが、この出逢いが少しでも彼女の救いになればいいのですが……。 [一言] あ~。 チリコ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ