第百七十四話 馬車での移動
帰りの馬車の中で、わたしは手のひらのヴァルリヤ石を見つめていた。
えんじ色に透き通る控えめな宝石ヴァルリヤ石は、手の中で光を反射してきらめいていた。
「ようし、また一歩、旧極魔法に近づいたぞっ」
うれしさに宝石を握りしめ、拳を振る。
「これからどうするの? ミオン」
向かいの席に座っているセレーナが訊ねる。
「旧極魔法に必要なものは、他にもあるという話だったわよね」
「そうだったね。長老さまは薬草と言っていたけど……リーゼロッテ、何か心当たりない?」
「うーむ、そもそも薬草には数えきれないほどの種類があるからな。それだけではなんとも……」
「そっかー」
わたしは、ちょっと肩を落とす。
「どうしたもんだろう」
何か手掛かりを探すいいアイデアがないかと考える。
口をキュッととがらせて、うんうん唸ってみるが、何も浮かんでこない。
「うーん」
馬車はいつも通り、揺れる。
脳まで響くみたいなすごい振動が、腰の下から伝わってくる。
声を出してみると、
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
扇風機に向かって話してるみたいになる。
「やれやれ」
わたしは気を紛らわそうと、窓の外へ目をやる。
葉のまばらな木々が、スーッと並んで流れていく。
ときおり見える、小さな池や湖なんかがそんな木々を映しながら、同じように流れる。
遠方には異世界の山が青っぽくそびえ、さらに向こうには巨大な星が存在をこれでもかと主張している。
山より大きい、輪を持った惑星の圧倒的存在感!
「景色はいいんだけどね」
わたしはつぶやきながら、馬車の中に目を移す。
今のところ、馬車にわたしたち以外の人は乗っていない。
セレーナは、手を膝の上に置いて、姿勢正しく座っている。
うーん、やっぱりお嬢様だ。そう言うと、怒るけどね。
「なに?」
「ううん、なんでもない」
リーゼロッテはというと、荷物から何やら羊皮紙の束を取り出して読み始めている。
この揺れの中で勉強する気なんだろうか。うーん、やっぱり勉強家だ。
「ミオンも見習ったらどうニャ?」
にゃあ介が言う。
「どっちを?」
「どっちでもいいニャ。ミオンには知性と品性が足りないからニャ」
「ふんぬー!」
そんなことを言いながら、馬車はあぜ道をひた走る。
◆
どれくらい経っただろうか。気がつくと、馬車が止まっている。
停車場についたらしい。
どこかの町はずれのようで、これまでの道なき道ではなく、馬車の前後には街道が続いている。
降りる者はいない。
しばらく待って、馬車がまた出発しようと動き出す。
ごろり、と車輪が回り始めたそのとき、街道の向こうから一人の女の子が慌てて走ってきた。
「あ、あの、乗りまーす!」
馬車が止まる。
わたしは、馬車の扉を内側から開けてあげる。
「あ、ありがとうございます」
はあはあいいながら、女の子は乗合馬車の中へ入ってくる。
彼女が腰掛けると、馬車はまた走り出す。
「はあ、よかった」
呼吸を落ち着けようと、彼女は手を胸に当てている。
簡素な布の洋服に、スカート。
茶色っぽいセミロングの髪。
「あっ」
わたしは小さく叫ぶ。
わたしの視線は彼女にくぎ付けになる。
うわさは聞いてた。この世界には、そういう人種がいるって話は聞いてたけど……。
目の前で、大きく息をしているその女の子。
彼女の頭にあるのは、間違いなく猫の耳だった。




