第百七十話 カライの村2
女性は不思議そうにわたしたちを見つめている。
セレーナ、リーゼロッテと顔を見合わせ、わたしは言った。
「わたしたち、大魔導士について調べているんです」
「大魔導士について……? ああ、ルミナスって言ってたわね。学校の課題か何かかしら?」
「そ、そんなところです。……何か知りませんか。この唄に出てくる、大魔導士っていったい……」
「魔法学校って、おかしな課題が出るのね」
それから女性は、こう言う。
「そうね……それなら、長老さまに話を訊くといいわ」
「長老さま?」
そういえば、ジェイクたちもそんな話をしていた。
カライの村には、年を召した長老がいるって。
「長老さまはこの村で一番長生きの、物知りなのよ。この唄だって、長老さまがみんなに教えてくれたの」
女性はそう微笑む。わたしは訊ねた。
「長老さんは、今どちらに?」
「村のいちばん北にある、緑色の屋根の家に住んでいるわ」
女性は北の方を指さす。
「よし、行ってみよう」
「そうね」
女性は、また水瓶を頭に乗せ直している。
「ありがとうございました!」
わたしたちがお礼を言うと、女性は器用に片手で水瓶を支えながら、もう片方の手を振ってくれた。
◆
「あれが長老さまの家だね」
わたしたちは、村の北にある、緑色の屋根の家の前にいた。
社会科の教科書でみたことがあるような、木造の、梁や柱がむき出しの家だ。
経年劣化の具合から、築百年を越えているのではないかと思えた。
くたびれた木の扉に向かって声をかける。
「あの、すみませーん」
返事がない。
「いないのかしら……」
「うーん」
「もうちょっと待ってみよう」
しばらく待っていると、キィッと音を立てて扉が開く。
「誰だ?」
現れたのは、布のシャツに布の腰巻の、背が高い男性だった。
シャツから覗く二の腕は黒く焼けていて、筋肉が盛り上がっている。
がっしりとした体型だが、右腕を怪我しているらしく、白い包帯が痛々しい。
「わ! あ、あの、長老さんですか」
「馬鹿を言うな。長老さまは私を三人、倍したほど高齢だ……長老さまに用なのか」
男性はわたしたちをぎろり、とにらみ、言った。
「入れ」
男性について家の中へ入る。
すこし薄暗い室内は、なんだか日本の古民家を思わせる。
家の奥にいたのは、白くて長い眉と白い髭が印象的な、小柄な老人だった。
老人は、床に胡坐をかき、静かに座っている。
その横には、老人のものらしい杖が置かれている。
「どちらさまかな?」
「あ、あの、わたしたち……」
「ルミナスから来たものです。うかがいたいことがあって」
「ほう、ルミナスから。そりゃたいへんなことじゃな」
老人は、ふぉふぉと軽く笑うと、白い眉の下から興味深そうにこちらを眺める。
「わしがこの村の長じゃ。そこにいるのはディゴス。この村一番の、すご腕の戦士じゃよ」
「やめてください、長老さま。このとおり、たいした腕ではない」
先ほどわたしたちを中へ引き入れた、背の高い男性が、包帯の巻かれた右腕を軽く上げ、それから顔をしかめる。
「なに、この村はお前のおかげで今まで守られてきたのじゃ」
長老は思わしげに頭を振り、
「こんなへんぴな場所でさえ、魔物の侵攻が増えておる」
憂いを含んだ口調で言った。
「何か、悪しきことの予兆でなければよいのじゃが」
それから、白い眉毛を上げ、
「……ところで、訊きたいことがあるといったね。どんなご用かな?」
「あ、あの……」
わたしは躊躇するが、思い切って、
「大魔導士について、教えてください!」
ぺこりんっと頭を下げる。
「わたしたち、この村に伝わる唄を聴きました。大魔導士の出てくるあの唄」
おどろいた様子の長老は白い眉毛をいっそう上げると、
「大魔導士」
とつぶやく。
「やはりそうじゃったか」
「やはり?」
ディゴスが聞き返す。
「長老さま、それはどういう……」
「まず、ひとつ聴かせておくれ。どうして、大魔導士なんぞについて知りたいのかね」
「それは……」
わたしが口を開きかけたとき、
「長老さま、大変だ!」
家の外で大声がする。
と、一人の村人が飛び込んできた。
相当慌てているのか、額に汗をかき、荒い息をしている。
「何事じゃ」
長老の言葉に、男はこう叫んだ。
「魔物です!」
「なんじゃと」
長老が杖を手に立ち上がろうとする。
「くそっ、またか!」
ディゴスは、そう吐き捨てると、自由な方の左手で壁に掛けてあった剣をとる。
「待て、ディゴス。その腕では……」
「しかし、村を守らなくてはなりません」
ディゴスはかまわず家の外へ飛び出そうとする。
「待ってください長老さん、ディゴスさん」
「なんだ。今は一刻を争うのだ!」
じれったそうに言うディゴスに、わたしは言った。
「わたしたち、こう見えてちょっとは腕に覚えがあるんです」




