第百六十九話 カライの村1
馬車からぴょんと飛び降りたわたしは、腕を頭の上へ伸ばし、うーんと伸びをする。
「いよいよカライの村だね!」
「そうね。見つかるといいわね、大魔導士についての情報」
セレーナが言うとリーゼロッテも、
「大魔導士か。楽しみだな」
と、つぶやく。
「ようし。行こう、カライの村へ!」
わたしは意気揚々と歩き始めた。
「まだぁー?」
馬車を降りてから二時間以上歩いても、カライの村へは着かなかった。
「ねぇー、どうしてもっと近くまで馬車を通してくれないの」
「わかりきったことを訊くニャ」
にゃあ介が頭の上で言う。
「誰も行く者がいないからに決まっているニャろ」
「はぁ~。そんなにへんぴな村なのかぁ」
一向に人の気配がなく、ただ木々だけがどんどん生い茂ってくる。
絶対に道まちがえた……このじゃり道、ただのけもの道だ、と確信し始めたとき、向こうから人がやってくるのが見えた。
「あっ、人!」
その女の人は、木の皮で編んだかごを小脇に抱え、頭に水瓶をのせて歩いてくる。
「すみませーん!」
「あら? 見かけない顔ね」
茶色がかった長い髪の女性が、わたしたちを見て言う。
「村の子たちじゃないみたいだけど……」
「わたしたち、カライの村を探しにルミナスから来ました」
「……まあ!」
女性は心底おどろいたようで、水瓶を取り落としそうになる。
「こんなへんぴな村へいったいどうして……」
「えと、あのですね」
「村はすぐそこよ、案内するわ。さあさあどうぞ」
女の人は水瓶を頭にのせたまま器用にくるりと向きを変え、わたしたちを案内しはじめる。
すたすたと歩いていく女性。
わたしたちは顔を見合わせ、慌てて女の人を追う。
「水瓶乗せてるのに、速いなあ」
頭に水瓶を乗せた女性の後を、頭にネコのぬいぐるみを乗せたわたしはついて行く。
◆
「あ、家だァ!」
女の人の言う通り、村へ着くのにそう長くはかからなかった。
ほっとしてため息が出る。
「やれやれ……ん? でも建物はえんじ色じゃないね」
イェルサの稲妻のジェイクから聞いたカライの村に伝わる唄には、「大魔導士」と、そして「えんじ色」という二つのキーワードが入っていた。
わたしたちの視線の先にあるその建物は、ごく普通の木造の家だった。
「建物のことじゃなかったみたいだな」
「うん。カライの村のえんじ色……どういう意味なんだろ」
カライは三十ほどの家々が集まった小さな村だった。
どの家も木造で、特にえんじ色といえるものはなかった。
「ここがカライよ。何にもないけれど、ゆっくりしていってね」
わたしたちの先を歩いていた水瓶の女の人が、振り返って言う。
「ありがとうございます」
キョロキョロと周りを見回す。
簡素な造りの家がひどくまばらに建っている。
「うーん、素朴だあ」
日本の都会の、窮屈な街並みの中で育ったわたしには、そののどかさが逆に新鮮だった。
村の中心には、石でできた円柱のようなものが建っている。
その円柱の上に立っているのは、両手を広げた人物の石像だ。
大勢の聴衆に向かって話しているようにも、空から降ってくる何かを受け止めようとしているようにも見える。
石像のすぐ側に、二人の村人の姿があった。
男性と女性のようだ。
セレーナが小さく「あっ」とつぶやく。
「どしたの?」
「ミオン、あれを見ろ」
リーゼロッテがその村人の方を指す。
「?」
「よく見ろ、耳だ」
わたしはその村人の耳へ視線をやる。
男性の方はいたってふつう。女性の方は……
「……あっ」
その女性は髪をうしろにひっつめているため、耳がよく見えた。
「あのイヤリング……」
「ええ。えんじ色だわ」
「うむ。もしかしたら、あれが」
と、それまでわたしたちのやりとりを近くで見ていた、水瓶を持った女性が、言った。
「なに? このイヤリングがどうかしたの?」
女性は水瓶を下ろし、髪をかき上げる。
「あ!」
そこにはやはり、えんじ色のイヤリングが揺れていた。
「これはね、ヴァルリヤ石といって、このあたりでとれる宝石の一種。カライの名産品なのよ」
わたしは、
「あの、失礼ですけど、もしかしてこの唄知ってます?」
そう言うと、ジェイクから聞いたあの唄を口ずさみはじめる。
「東方より大魔導士きたる~」
すると、女性はわたしの後をとって歌い出した。
「大魔導士求めん、カライの村のえんじ色……何であなたたちがこの唄を知っているのかしら?」




