第百六十七話 バシリスク
森は街からすこし歩いた街道のはずれに広がっていた。
セレーナが言う。
「さあ、急いで探しましょう」
「う、うん……」
見つけたい気持ちと、見つけたくない気持ちが半々だった。
冒険者ランクは上げたいけど、にょろにょろしたやつは、嫌だ。
「困ったなあ」
わたしがぶつぶつ言っていると、
「からみあった相反する感情に苦しむ状態……これを葛藤というニャ」
「からみあったとか言わないで! ヘビ想像しちゃうでしょ」
さらに歩いて、森の奥深くへ足を踏み入れる。
「うぇー、暗くてじめじめしてて、ヘビが出そう……」
「それを探しにきたのよ」
それらしいものはいない。少しホッとする。
「いないわね」
「ヘビ……ヘビかぁ。いなくてもいいよ……むしろいない方が……」
わたしが泣き言を言ったときだった。
「わぁ、いた!」
どぎつい紫色の大きな……ヘビ。
数メートルはあろうかという大物だ。胴の辺りが太く、体中につやがあって、非常に気持ち悪い。
その巨大なヘビは、森の中でとぐろを巻いていた。
「バシリスクだな」
「うえ~」
「はさみ撃ちでいこう。私が弓で気を逸らすから、ミオンとセレーナは背後から斬りかかってくれ」
リーゼロッテが先陣を切って矢を放ち始める。
矢は森の中、バシリスクめがけて飛び――その身体に突き刺さる。
バシリスクが鎌首をもたげ、「シャー」という威嚇音を発する。
続く矢を、バシリスクはクネクネと身体を動かし、器用に避ける。
「かなり素早いわね」
「ていうか気持ち悪い」
セレーナが剣を構え、かけ声とともに飛び出す。
「ヤァッ」
跳躍して斬りかかる。
セレーナの剣が、バシリスクの身体に命中する。
緑色の体液が流れる。
「浅い!」
バシリスクの無機質な縦長の瞳が、セレーナをとらえる。
威嚇音とともに、人一人丸呑みにできそうなほど口を大きく開く。
「牙に気をつけろ、猛毒だ!」
リーゼロッテが叫ぶ。
セレーナは走りながらバシリスクの攻撃をひらりとかわす。
「ひゃーっ」
わたしが気持ち悪さに身震いしていると、
「ミオン、早く!」
セレーナが叫ぶ。
「わーん。もう、やけくそだぁ!」
わたしは右手に剣を構え、左手に炎の弾を発生させて、ヘビに躍り掛かる。
とびかかってくるバシリスクめがけて左手の炎弾を放つ。
ヘビの顔面に炎が当たり、弾ける。
のけぞったバシリスクはわたしを見失い、きょろきょろと左右を見回す。
わたしは高くジャンプしている。
降下しながら、バシリスクの首めがけてルミナスブレードを振り下ろす。
「オリャァア!!」
全体重を乗せた刃が、バシリスクの首を骨ごと切り裂く。
着地してからもう一太刀、斬り上げる。
バシリスクの首が胴体からはねとばされる。
首は弧を描いて、地面にどさり、と落ちた。
バシリスクの身体は、首を落とされたのに気づかないかのように、しばらく立っているが――
やがて、ズズン、と横ざまに倒れた。
「やったー!」
わたしはルミナスブレードを高く掲げ、小躍りしてみせる。
「ふう……さすがね、ミオン」
「えへへ、これでCランク昇格!」
落ちた首は気持ち悪いので、あまり見ないようにぴょんぴょん跳ね回る。
「馬鹿、油断するニャ!」
「あぶない!」
にゃあ介とリーゼロッテの声が響く。
ふり向くと――切り落としたはずの、バシリスクの首だけが地面を滑ってくる。
「!? 魔石化してな――」
銀色に光るバシリスクの毒牙が、眼前に迫ったその瞬間――
いち早く異変に気づいたセレーナが、風のように駆け、ヘビの首を斬り上げた。
バシュッと音がして、バシリスクの魔石が現れる。
「何ともない? ミオン」
「あ、ありがとう、セレーナ」
わたしは震えながらセレーナを見る。
「首だけで動くなんて……」
あぶなかった。もうちょっとで、猛毒の牙の餌食になるところだった。
「セレーナ?」
セレーナは右腕を押さえている。
ウインクしてるみたいに右目を閉じて顔をしかめ、言う。
「ちょっと……かすっちゃったみたい」




