第百六十五話 ランクアップ
「Eランクへの昇級条件は、ゴブリン20匹討伐だって」
「訳ないわね」
「じゃあ早速行くか、ゴブリンを狩りに」
「うん、行こう。旅銭稼ぎも兼ねて!」
ギルドで訊いたところによると、ドートの北の森にはいつもゴブリンが巣くっている、ということだった。
わたしたちはゴブリンが出没するというその森へ向かい――それから音速で帰ってきた。
「おお? 嬢ちゃんたち、まだいたのか」
ギルドへ入ると、めざとい冒険者がビールを片手にわたしたちを見つけて言った。
「はやくゴブリンをやっつけてきたらどうだ。ちゃちゃっと済ませるんじゃなかったのかい」
同じパーティなのか、一緒のテーブルについている冒険者たちも、そうはやしたてる。
「あの、もう行ってきました」
わたしは受付カウンターに、ゴブリンの魔石をじゃらじゃらと置いてみせる。
冒険者たちを黙らせるにはそれで十分だった。
◆
昼下がりごろまでにランクを上げることができたので、わたしたちは次の街に向かうことにした。
馬車に乗ると、ギルドを出てからずっと手の中を見ているセレーナに気づく。
「Eランクバッジもけっこうかっこいいね」
セレーナの手の中を覗き込むと、先ほどもらった新しいバッジが光っている。
Eランクのバッジは、Fランクのものと同じくらいの大きさだが、
単純な盾の紋様だけだったものに加えて、さらに斜めに剣の装飾が施されている。
「わ、私は別にバッジが欲しかった訳じゃ……」
バッジを持った手を後ろ手に頬を赤らめ、あたふたするセレーナ。
「わかりやすい反応だニャ~」
「バッジなんて、私は全然何とも……」
「それじゃ、もう上は狙わないのか?」
「きっとSランクのは、もっとすごいよー」
リーゼロッテとわたしが言うと、
「いいえ。次の街では、Dランクを目指すわよ」
目を輝かせて言う。
いつになくやる気のセレーナだった。
馬車は海岸線に沿ってさらに西へ進む。
数時間もすると、やがて街が見えてきた。
その街はドート同じくらいの大きさの街で、クレメントといった。
わたしたちは宿を決めるとすぐにギルドへ向かった。
◆
「クレメントのギルドへようこそ」
受付の男性は朗らかで、はきはきと話す。
太ってはいないが、その明るい話し方に、なんとなくルミナスのギルドのリンコさんを思い出した。
「あのぅ、ランクを上げたいんですけどぅ」
「昇級試験ですね!」
男性は元気よく言う。
「このギルドではCランクまでの昇級試験が受けられます。みなさん、今のランクは……」
「Eランクです」
わたしはバッジを見せる。
「えへへ、今日昇級したんです」
「今日ですか!? あの……Dランク昇格条件は、レッドゴブリン5体の討伐ですが」
元気だった男性の声が、ちょっと鈍る。わたしたちのことが心配なのだろう。
「レッドゴブリン5体か。なーんだ、訳ないや」
「今日中にでもいけそうだな。どうする? 行くか?」
リーゼロッテが言うと、
「えっ!? 今日中ですか。Eランクに上がったばかりで、それはちょっと無謀かと……」
受付の男性は面食らって、困ったようにそう言う。
心配させちゃってなんだか悪いと思い、わたしは言う。
「大丈夫大丈夫。気にしないでください」
「いや、しかし……」
頭を掻きながら、男性はわたしたちの顔を見比べる。
(どう見ても無理だと思っている顔ニャ)
にゃあ介が言う。
ま、しょうがないよね。こっちは女の子三人だし。
「どこへ行けばレッドゴブリンに会えるか教えていただきたいのですけれど」
セレーナが前のめりで魔物の出没場所を訊ねる。
「は、はあ……」
困惑しながら男性は地図を出して説明してくれる。
「それじゃあ、行ってきます」
「ほ、本当に今から行くんですか。もう日が翳ってきてますけど」
「あ、ほんとだ! 急がないと」
えへへと笑って、
「それじゃ、ありがとうございました」
そう言ってギルドを出ようとすると、受付の男性は、
「無理しないでくださいねー!」
受付カウンターから身を乗り出して叫ぶ。
「なんだかすごく心配されてるみたい」
「じゃあ、急ぎましょ」
「うむ。すぐに帰ってこよう」
◆
「あっ。さっきのみなさん」
ギルドへは最速で戻ったつもりだが、やはり辺りは暗くなってしまっていた。
わたしたちの姿を見ると、受付の男性は心底ほっとしたように、
「ああ、よかった。やっぱり、今日行くのはやめにしてくれたんですね」
胸に手を当て、
「今、他の冒険者さんたちにお願いして、捜索に行ってもらおうかと思っていたところなんですよ」
受付の前には、屈強そうな冒険者たちが4~5人、立っている。
「おお、君たちか。話には聞いたよ」
「まったく、一日に2ランクも上げようなんて、無茶な話だ」
「しかし、戻ってきてくれてよかった。この街を訪れた若い冒険者が命を落とすなんて、悲しい話はごめんだからな」
それから冒険者たちは愉快そうに言う。
「それにしても人騒がせな嬢ちゃんたちだ」
がっはっはという笑い声がギルド内に満ちる。
「あ、あのぅ……」
ひどく言い出しにくかったが、わたしはおずおずと袋から魔石を取り出す。
「行ってきちゃったんですけど」
片手一杯の赤い魔石を掲げ、わたしは気まずさをごまかすためにテヘッと笑って見せる。
「……え?」
男たちは顔を見合わせる。
「なんだって!」
「じょ、冗談だろう。いくらなんでもそんなに早く」
「しかし、これはたしかに『レッドゴブリン』……」
冒険者たちの視線が痛い。
受付の男性も、驚きっぱなしで目がまん丸だ。
わたしがもじもじしていると、
「あの」
セレーナが言う。
「な、なんでしょう?」
みんなが注目する中、セレーナはちょっと恥ずかしそうにこう訊ねた。
「……バッジ、くださるかしら?」




