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第百六十二話 カライの村へ

 ルミナスの朝はいつも通り澄んで、空気はほのかな甘みを感じるほどおいしい。


 わたしとセレーナが乗り合い馬車の待合所へ着くと、すでにリーゼロッテの姿があった。


「待たせちゃったかしら」

「いや、今来たところだ」


 リーゼロッテは荷物を確認する。


「忘れ物は……ないな」


 馬車はすぐにやってきた。


「馬車が来たぞ」

「じゃあ行きましょう」


 二人が言っても、わたしはその場でもじもじとするだけだった。


 リーゼロッテとセレーナが振り返る。


「どうした?」


「いや、あの。そのあの……」


「?」

「なんなの、ミオン」


「えーと」


 わたしがうつむいて、人差し指で髪の毛をくるくるといじくっていると、


「お金がニャい」


 ぬいぐるみのにゃあ介が言う。

 わたしは恥ずかしさに赤くなる。


「ごめーん!」


 学費やら何やらで、いつの間にか素寒貧になってしまっていた。

 今朝、出かける段になって、その事実に気づいたのだった。


「ど、どうしよー」


 すると、セレーナが言う。


「旅銀くらいなら、私が……」

「それはダメ!」


 わたしは手を振って速攻で否定する。


「お金の切れ目が縁の切れ目っていうもの」

「?」


「セレーナとの縁が切れるなんて、ぜったいやだ! だから借りない」

「…………」


 よくわからないが、セレーナはちょっと頬を染めて押し黙る。


「うーん、そうだな……こうしたらどうだ?」


 リーゼロッテが言う。


「どうせカライに一日ではたどり着けない。道中の街のギルドで旅銭を稼ぐ、というのは?」


「うん、そうする!」


 わたしは、そう頷き、


「ごめんね、また狩りにつき合わせることになるけど」


 と謝る。


「気にするな。休暇は結構長い」

「そうよ。どうせ時間はあるんですもの」


「ありがとう。……うう、貧乏がにくい」


 そうして、お金の工面の方法が決まり、わたしたちは予定通り馬車に乗り込むことができた。




   ◆




 まだ日が高いうちに、わたしたちはカライの村目指して乗り合い馬車で出発した。


「お菓子食べよ、お菓子!」


 馬車に乗るや否や、わたしは袋の中をまさぐる。


「お菓子などあるのか?」


「ドミンゴの実!」


 それからまた袋の中に手を入れ、


「干し肉! それから……」


 またぱっと取り出す。


「干し肉!」


 二人に笑ってみせる。


「うーん駄菓子とはいかないけど、これでがまん」

「また太るニャ」




 益体もないことをくっちゃべっているうちに、馬車はわたしたちをガタゴト揺らしながら一路西へひた走る。


「ずっと座ってると、腰痛くなってくるよねー」

「ミオンたら、お年寄りみたい」


 窓の外にはやがて海岸線が見えてくる。

 冬の海は、なんだか暖かいときよりも透明度が高いように感じられた。


「寒そーだけど、きれい……」


 窓の桟に顎をのせてつぶやいた。

 しばらくそうして海を眺めながら馬車に揺られる。

 気づくと雪が降り始めていた。




   ◆




 異世界の、風のように駆ける馬、アルジェンタムの脚をもってしても、カライの村へは一日ではたどり着けない。

 わたしたちは、ドートという小さな街で今日の宿を探すことにした。


「なんだか、静かな街だね」


「私は好きよ。こういう街」

「私もだ。ここで勉強したら、はかどりそうだな」

「…………」


 わたしはそれには突っ込まずに、暗くなり始めた空を眺める。


「わー。もうこんなに星が見える」


 異世界の夜空の美しさといったら、ない。

 前の世界も、昔はこんなに夜がきれいだったのだろうか。


 そこでふと思う。

 地球で見た空と、この世界から見る空は、同じ空なのだろうか。

 それとも、二つの世界は、属する宇宙すら異なるのだろうか……。


「ミオン、なにを考えているの?」

「あ、ううん。ごめん、なんでもない」

「変なやつだな……はやく宿を探そう」




   ◆




 見つけた宿は、小ぢんまりとした、清楚な宿だった。

 夕食を出してくれるというので、わたしたちは即決した。


 部屋に入り、一息つく。


「わたしはこれでいいや」


 二人部屋だったので、ベッドは二つしかない。

 部屋にあった椅子を窓の隣に三脚並べて、そこに毛布を敷く。


「わたしここに寝るね」

「本当にそこでいいの? ミオン」

「うん。ここからなら夜空が見えるもん」


 椅子に寝ころんで空を見ると、窓の向こうはプラネタリウムでしかみたことのないような星空だった。


「そろそろ夕食をいただきに行きましょう」


 セレーナの言葉に、わたしはぴょいっと起き上がる。


「んふふー。お夕飯おゆうはんー」




   ◆




「あー、おいしかった!」


 わたしはお腹をさすりながら、ぷふーと鼻息をつく。

 馬車でにゃあ介に注意されたけど、これじゃまた太っちゃう。


 部屋へ戻ると、セレーナとリーゼロッテの二人は、さっさと毛布にくるまってしまう。


「ちょっと、ちょっと。もう寝るの?」

「なんだ? 当然だろう。明日も早い」


 わたしは、ふぅ~とため息をつく。


「ガールズトーク、ガールズトークぅ!」

「なんのことだ?」

「ミオン、なにを言っているの?」


「なんか、お話しようよ! せっかくみんなで泊まってるんだからさ~」


 わたしがだだをこねると、二人は困ったように、


「そんなものかしら」

「そういうものなのか?」


 と顔を見合わせる。


「ひょっとして、この中で一番コミュ力あるのわたしなの? 信じられない……」


 わたしはぶつぶつ言いながら、


「とにかく、何か話そうよ」


 と、二人を説得した。




   ◆




 わたしたちは毛布を被って、部屋の真ん中にある、ランプの周りに座っている。

 窓からの星明かりと、小さなランプの炎だけが、わたしたちの顔を照らす。


「なんか思い出すね。いつか、炭坑の街へ行った夜のこと」


 炭坑の街コルトンでも、こんな風に三人で、星を眺めたのだった。


「宿の夜には、皆で話をしなくてはならないしきたりでもあるのか?」


「あるの!」


 わたしは即答する。


「あのときは、セレーナが話をしてくれたよね」

「ええ」

「そうだったな」


 そうだ。

 お父さんを殺されたこと。一人で修行の旅に出た理由。

 セレーナは、大事な秘密を打ち明けてくれた。


「今日は、リーゼロッテが秘密の話をしてくれるのかな?」


 わたしが冗談のつもりでそう言うと、


「……うむ、そうだな。秘密と言うほどではないが、話そう」


 予想に反して、リーゼロッテからはそんな答えが返ってきた。


「え、本当に? 無理に話さなくても……」

「いや、二人には聞いておいてもらいたい」


 そう言うリーゼロッテの顔には、すこしだけ、翳りが見えた。


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