第百六十一話 終業
年度の最終日。
すっきり晴れた、いい天気だった。
わたしは肩をさすりながら、セレーナと学校へ向かう。
道に立った霜柱を踏むと、ざくざく音を立てる。
学校へ着くと、生徒たちが広間に集められた。
ショウグリフ先生が皆の前で後ろ手に手を組んでいる。
「今日で、今年の授業は終わりになります」
ショウグリフ先生が言う。
「学年末の最後の授業の前に、校長先生から皆さんへ、お言葉があります」
とんとん、と校長先生が壇に上がる。
「一年間、ごくろうさん。みな、よーくがんばった!」
校長先生は、本当にうれしそうにみんなを褒めた。
「……あとほんのすこしだけ授業があるがの」
校長先生は、いたずらっぽく笑う。
「明日から、楽しい楽しい休暇ぢゃ」
それから、うぉっほん! と咳をして校長先生は、言った。
「さあ、それでは最後の授業、頑張っていこう!」
◆
最終日、最初の授業は魔法学総合だった。
「これで本年の魔法学総合の授業は終わりですが……」
授業の終わりにショウグリフ先生は、禿げた頭を撫でながら教卓の前に立ち、生徒たちを見回した。
「休みの間も、魔力を練る練習だけは忘れないように」
薬草学の授業は、一年間の総まとめ。
いろいろな薬草や、薬の調合方法についての復習だった。
気つけ薬を作るときは、くれぐれも火にかける前の薬草を混ぜないようにと念を押され、前回の授業を思い出したわたしはうつむいて小さくなっていた。
◆
最終日の最後の授業は、時の魔法だった。
遅延魔法のおさらいが終わると、
「それでは授業を終わりますが……今日は皆さんに報告しておくことがあります」
ユナユナ先生がそう切り出した。
「以前お話ししたので、覚えている方もいると思いますが……」
先生は教壇の前を、左右に歩きながら話した。
「その昔、加速魔法というものがありました。とても有用な魔法だったのですが、残念なことにある時点で失われてしまいました」
しばらく沈黙の後、
「しかし」
先生は真っすぐ生徒たちの方を見て、こう言った。
「加速魔法が復活しました」
教室内がざわつく。
ユナユナ先生は続けた。
「『どこかの誰か』と、『その仲間』が、時の精霊と再契約を結んだらしいのです」
生徒たちが驚きの声を上げる。
数百年ぶりの、魔法の復活なのだ。
あちこちで「凄い!」だとか、「信じられない」といった声が飛び交う。
一人の生徒が手を挙げて先生に訊ねた。
「それって誰です!? 有名なパーティですか?」
「それはわかりません。私も詳しくは知らないのです。ただ……」
先生はちらりとわたしたちの方を見て、言った。
「きっと、聡明な頭脳と、勇敢な心を併せ持った、すばらしいパーティでしょう」
みんな、ユナユナ先生の方を見ていたので気づかなかったが、そのとき後ろを振り返れば、なぜか赤くなってもじもじしているわたしとセレーナが目に入っただろう。
「非常に難度が高く、危険も伴う魔法なので、今はまだその時ではありませんが、いずれ皆さんにも御覧にいれる機会があるかもしれません」
驚きの声や、感嘆の声。
みんな、新しい魔法が復活したと聞いて、興奮している。
「とにかく、私は時魔法の使い手の一人として――」
先生はまたわたしたちの方をちらりと見る。
「その『どこかの誰か』と『その仲間』に、最大級の賛辞と感謝を送りたいと思います」
授業が終わっても、まだ教室内はざわざわと興奮に満ちていた。
わたしとセレーナは顔を見合わせ、小声で言った。
「聡明だって」
「勇敢だって」
「ちょっと先生、褒めすぎね」
「そうだね。むふふ」
わたしたちはムフムフ言いながら、エスノザ先生のところへ向かった。
わたしたちには、まだ、最後の授業が残っていた。
◆
「はい、それでは本年の私の課外授業は終わりです。おつかれさまでした」
シルクハットがトレードマークのエスノザ先生は、そういうと帽子に手をやりながら頭を下げた。
これで全授業終了だ。
わたしとセレーナとリーゼロッテの三人は、一度顔を見合わせ、それから教室の前のエスノザ先生を見つめる。
「おや、どうしたのですか。授業は終わりましたよ、三人とも」
エスノザ先生が、首を傾げる。
わたしたちは、ばね人形みたいにぴょこんっと立ち上がり、頭を下げる。
「先生、ありがとうございました!」
エスノザ先生は、両方の眉をすこし上げ、言う。
「おや、おや、何事です」
「白魔術の授業だけじゃなく、わたしたちのために特別講義までしてくださって、ありがとうございます」
「私たち、心から感謝しています。本当にありがとうございました」
エスノザ先生は、一瞬びっくりしたように黙り込み、それから、
「は、は、は……」
と笑い出した。
「いいんですよ。私も好きでやっていることなんですから。あなたがたのような熱心な生徒がいて、私もうれしいです。役に立ったのなら、よかった」
するとリーゼロッテが、
「もちろん。エスノザ先生の特別授業は、実践的で、本を読むだけではわからないことをたくさん学べた」
そう言うと、もう一度ぺこりと頭を下げる。
慣れていないのか、リーゼロッテの動作はぎこちない。
けれどその姿からは、彼女の純粋な感謝の気持ちが感じられた。
エスノザ先生はまた、今度はもっと愉快そうに、
「はっ、はっ、はっ……」
と笑う。
「いや、こちらこそありがとう。授業をした甲斐があったよ」
先生はそう言ってシルクハットに手をやる。
「さ、もう行きなさい。待ちに待った休暇でしょう」
「ありがとうございました!」
わたしたちは再度先生に向かって深々と礼をすると、教室を後にした。
◆
「ガーリンさん、今年はお世話になりました!」
わたしたちは校門の隣にある守衛塔の前で、挨拶をする。
「うんにゃ、なんも世話なぞしとらんよ」
ガーリンさんはそう答えるが、
「ううん、ガーリンさんにはお世話になりっぱなし!」
わたしは首を振って言う。
「まずわたしが入学できたの、ガーリンさんのおかげだし」
「なあに、ワシは事務棟へ案内しただけだ」
「リーゼロッテの弓選びにつき合ってもらったり、クロースの件では、危ないところを助けてくれた。いくらお礼をいっても足りないよ!」
丸っこい身体をした髭のドワーフは照れくさそうに兜の上から頭を掻く。
「がっはっはっ、まいったなこりゃ」
「ガーリンさん、本当にありがとうございました!」
わたしたち三人がそう言って頭を下げると、ガーリンさんは、
「いいってこと!」
とうれしそうに笑って、右手を上げる。
「また暖かくなったらな! ミオンにセレーナ、リーゼロッテ」
「うん、ガーリンさんも元気で!」
わたしたちはガーリンさんに手を振りながら、門をくぐった。
振り返ると、お城みたいに立派なルミナス魔法学校が、そびえ立っている。
少しずつ小さくなるその学校を見ながら、この一年間を振り返る。
筆記試験はさんざんだったけど、何とか入学。
ウィザーディング・コンテストにリーゼロッテとの出会い、それから火事、大変だった期末試験。
個性的な先生、生徒のみんな。
それに毎日の授業!
いろいろあったけど楽しかった。
「…………」
「なに?」
「どした?」
改めて、再確認する。
初めて目にしたときから、そうなる予感はしていた。
毎日、その思いは強くなった。
一年を過ごして、それは確信に変わっていた。
「わたし、この学校、大好き!」




