第百五十八話 薬草学の授業にて
期末試験も終わり、みな来たる休暇を待ちわびながら残りの授業を受けていた。
「今日は気つけ薬を作っていただきます。失神した人や、昏倒しそうな人、意識朦朧な人を呼び戻す、大切な薬です」
薬草学の授業中、わたしはエオル先生の話を上の空で聞いていた。
心は大魔導士の姿もとめてふらふらとさまよい出す。
「これから作り方を説明しますので、よく聞くように」
大魔導士。
初めてその存在について教えてくれた、ポートルルンガの冒険者は、迷信だろうと笑っていた。
だけど、わたしには伝説上だけの存在だとはどうしても思えない。
きっと、本当に大魔導士はいた。そう信じている。
かつて強大な魔力でドラゴンをも倒したという大魔導士。
わたしが、目指している存在。
その手がかりが、イェルサの稲妻から聞いた唄に込められていた。
カライの村のえんじ色……。
「ミオン?」
「え、何? セレーナ」
「ぼーっとしてるけど大丈夫? ちゃんと先生の話、聞いてる?」
「も、もちろん」
「本当かしら……」
わたしはセレーナに、えへへと微笑んでみせる。
それから、うん、とうなずくと心に決めた。
行ってみよう。カライの村へ。大魔導士の足跡を追うんだ。
「……まず火にかけたエピニオン草をすりつぶします……」
わたしの思考は旧極魔法にとぶ。
イェルサの稲妻から、旧極魔法の情報は得られなかった。
旧極魔法についての情報を持っている人は少ない。
そもそも、本当に存在するのか?
だけど、ヒネック先生が旧極魔法を契約しようとしていたのは事実だ。
先生は失敗して、大怪我を負った。
存在するなら、何としても契約したい。
旧極魔法が使えることも、大魔導士になる条件である気がしてならない。
「ミオン? ミオンったら」
「ん? ああセレーナ。ごめん、考えごとしてた」
セレーナは、やれやれとため息をついて、
「授業中よ、しっかりして。……はい、あなたの分の薬草」
いつの間にか薬草が配られていることに、全然気づかなかった。
「これがエピニオン草ですって」
セレーナから受け取ったその草は、おじさんの顔みたいな、ヘンテコリンな模様をしていた。
「続いて、アオリ草を……」
エオル先生の説明は続いている。
わたしはまた、考え事を始める。
黒衣の男。
ジェイクたちの話では、魔族と戦ったときに、相対したとのことだった。
セレーナのお父さんを殺した黒衣の男と、やはり同一人物なのか。
「ミオン、それはアオリ草よ。先に火にかけるのは、エピニオン草」
「あっ、ごめんごめん」
黒衣の男は魔族なのだろうか?
それとも魔族の側についた、人間?
エオル先生が言う。
「ここで注意点ですが……」
そしてわたしはまた考え始める。
大魔導士の足跡や、旧極魔法、黒衣の男……。
考えることが多すぎて、わたしは薬草の方に全然集中できていなかった。
気がついたときには手元のすり鉢から、もくもくと黄色い煙が発生していた。
「なんか変な煙出てる!」
わたしが叫ぶとエオル先生が、
「何をしているんです! 火にかける前のエピニオン草とアオリ草は絶対に混ぜるなと言ったのに」
「す、すみません。どうしたら……」
「早く窓を開けて! みなさん、煙を吸い込んではいけません!」
エオル先生の言葉に、みんな口と鼻を押さえる。
窓が開けられ、冷たい空気が流れ込んで煙は薄れていく。
「もう、だから言ったのに。ふふ」
「ごめん……」
「先生の話をちゃんと聞いていないんだから。うふふ」
「せ、セレーナ?」
セレーナの様子がおかしい。
目がとろん、として、おかしそうに笑っている。
(どうやら煙を吸ったようだニャ)
なんだか甘ったるい香りがして、わたしは慌てて手で鼻と口を覆う。
「先生! この煙、吸ったらいったい……」
(煙を吸ったら、酩酊状態になってしまうと、説明していたではニャいか)
「ミオン、ご機嫌よろしくてぇ?」
セレーナはふらつく足取りで、しかし楽しそうに、くすくす笑っている。
「うわぁー! セレーナがラリッてる。どうしよう」
「うふふ……うふふ……。私はよろしくてよ?」
「だめだ、完全にキマッてる。……どどどどうしよー」
わたしがあたふたしている間に、セレーナは今度は服を脱ぎ始める。
「な、何してんのセレーナ。風邪引くよ!」
「だって暑いんですもの」
窓が開けられた冬の教室は、暑いはずがなかった。
「セレーナ、しっかりして」
「暑くて暑くて」
「だめだって、それ以上脱いだら!」
セレーナは上着だけでなく、内側までどんどん脱ごうとしている。
「し、仕方ない。こうなったら……」
わたしはできるだけ力を絞って、最小限の魔力で魔法を唱えた。
「イブルウォータ!」
パシャッ!
セレーナの顔に水がかかる。
豆鉄砲でも喰らったようなセレーナの顔。
「ごめんね、セレーナ」
謝っても、反応がない。
「…………」
「セレーナ?」
わたしが心配して訊ねると、
「あら、ミオン。とっても寒いわ。服を返してちょうだい」
セレーナは何事もなかったようにそう言った。
どうやら元に戻ったようだ。わたしは安心して力が抜ける。
「あ、あぶなかった……」




