第百五十七話 手がかり
「それじゃあ……」
一息ついたところで、ジェイクが言う。
「えっと、大魔導士についてだったね」
きた。
とうとう大魔導士の話だ。わたしはミルクの入ったジョッキから手を離し、膝に手を置いて背筋をただす。
「大魔導士……」
ジェイクは、天井を見上げてつぶやく。
それから、ぐび、とビールを口に含む。
あ、また噴きだすぞ……と思ったが、ジェイクはどうにか口の中の酒を飲み込み、にがそうに顔をしかめている。
ふーっ、と息を吐いて一言、ジェイクは言った。
「伝説の魔法使い」
ジェイクはまだギルドの汚い天井を見上げている。
わたしは次の言葉を待つ。
すこし間を取って、ジェイクが話し始めた。
「昔、別のギルドで知り合った若い冒険者がいた」
ジェイクはジョッキを机に置く。
「腕はそこそこだったが、土地勘があってね。道案内も兼ねてもらって、しばらくの間、行動を共にしたんだ」
「たしかその冒険者、カライの村の出身だったわね」
ジュナがジョッキ片手に合いの手を入れる。
彼女は大分できあがっているようで、頬が赤くなっている。
「カライの村……ですか」
「そうよん。西北にあるベナン地方の、小さな村。あの唄を覚えている?」
「覚えているともさ」
ルーベンダイクが言う。
「奴さん、あの唄ばかり歌っていたからな。耳にたこができてしまったよ」
「唄……ですか」
わたしは訊ねる。
「ああ、そいつがよく歌っていた唄があるんだが、その唄に大魔導士が登場するんだ」
「えっ、大魔導士の唄?」
わたしは机の上へ手を出し、身を乗り出す。
危うくジョッキを倒しそうになり、慌てておさえる。
「あの……聞かせてもらっても?」
ジェイクがうなずいて、
「何回も聞かされて、僕も覚えちまった。えっと……たしか、こんな具合だ」
えへん、と咳払いすると歌い始めた。
「東方より大魔導士きたる~♪ 大魔導士求めん、カライの村のえんじ色♪」
少々調子っぱずれの歌い方だったが、ジェイクは満足そうに、
「うまいもんだろ? 吟遊詩人になろうかと思ったこともあるんだ」
すると、メティオが
「……ならなくてよかった」
と誰も言えなかった突っ込みを入れてくれる。
「東方より大魔導士きたる……か。その唄を、カライの村の出身の冒険者が?」
リーゼロッテが顎にちょっと手を当てながら、訊ねる。
「若い冒険者だったけれど、そういう古い唄が好きだったわね」
「そうだ。だが、大魔導士の出てくる、その唄が一番のお気に入りだったな」
「ああ。村には齢百を数える長老がいるそうでね。そんな古い唄や言い伝えをよく聞かせてくれたらしい」
「ふむ。村の長老か……」
リーゼロッテはうなずきながら、
「唄に出てくる、えんじ色というのは?」
と、また訊ねる。
「よくわからないな。深くは訊かなかった」
「村の屋根々々がえんじ色なのかしら?」
ジュナの言葉にリーゼロッテは首を傾げる。
「その冒険者とはどこで?」
今度はセレーナが訊ねる。
「ルミナスの西にある、ペタのギルドで知り合った。もうだいぶ前のことだからな……」
「今どこにいるのかは、ちょっとわからないな」
「そうですか……」
わたしは肩を落とす。
だけど、初めて大魔導士について具体的な話を聞けたんだ。
これは有力な情報かもしれない。カライの村へ行けば、大魔導士の足跡を追えるかも……。
そう思うと、気力がわいてきた。
「あのう、それから」
わたしは思い出して訊ねる。
「旧極魔法について、何か知りませんか」
イェルサの稲妻たちが顔を見合わせる。
「そう呼ばれていた魔法があった、ということだけしかわからないんですけど、何でもいいから手がかりがあれば……」
「旧極魔法か」
「話には聞いたことがあるが……」
「正直、詳しいことはわからない。とにかくとんでもない魔法だってことだけ……」
「ごめんなさいね、力になれなくて」
ジュナが謝る。
「あ、いいんです、いいんです」
わたしはふるふると首を振る。
「さっきの話だけで充分です」
「そう? 役に立ったんならいいんだけど」
ジュナはそう言うと、ジョッキを口へ運ぶ。
しかしジョッキが空になっていることに気づいて、うらめしそうに中を覗き込む。
「どうも、ありがとうございました」
わたしたちはイェルサの稲妻の面々に礼を言う。
「それじゃあ、わたしたちはそろそろ……」
わたしは席を立ってギルドを後にしようとする。
すると、
「待って」
メティオがわたしを呼び止める。
「えっ?」
まだ何か情報があるのだろうかと振り返る。
「……また来て。モフモフさせてほしい」
「あはは……うん」




