第百五十三話 依頼内容
次の休日、わたしたちはまたルミナスのギルド前に集合していた。
「やー、今日も寒いね!」
ジェイクは両手をこすり合わせながら、
「それじゃあ、今回の詳しい依頼内容を話すよ」
と、これから向かう狩りの内容について説明を始める。
「ギルドによると、この先の高原地帯に、魔物が大量に発生して困っているそうなんだ」
ルーベンダイクが、
「交通の要所、というわけではないのだが、通ると西の方へは大分近道になる」
と補足する。
「どんな魔物なんですか?」
わたしが訊ねると、ジェイクは言う。
「グランビートルって知ってるかい?」
「はい」
「もちろん知っている」
セレーナとリーゼロッテはそう答える。
「あー、あれね。あれ。グランあれ」
(全然知らないニャろ)
「ごめんなさい。知りません」
わたしはふるふると首を振る。
ジェイクは頭を掻きながら、
「まあ簡単に言うと虫の化け物なんだが、こいつが結構厄介でね……」
と言う。
「む、虫の化け物……?」
昆虫があまり得意じゃないわたしは、しり込みする。
交換条件受けたの、失敗だったかな……。
「一匹一匹でも、まあまあ手ごわい敵なんだが……」
「今回は、大量発生ということなのよね」
ジュナも、少々気が重そうだ。
「ちょっと、面倒」
メティオが冷静な口ぶりで言う。
「と、いうわけで、助っ人が欲しかったところなのさ」
全部話を聞いた後、わたしはうなだれながら、
「虫……苦手なんだよね……」
とつぶやく。
(見た目ではニャく、問題はその強さの方だろう)
にゃあ介が鋭く突っ込む。わたしは、
「強いのもあれだけど、そもそも見た目キモいと戦う気なくなるじゃん?」
(じゃん? と言われてもニャ……)
「ねー、リーゼロッテ」
わたしはリーゼロッテに同意を求める。
「ん? 私は虫は平気だぞ」
「え、そうなの」
セレーナに目を向けると、エリクシオンの柄に手をやって位置や納まりを確かめている。
やる気満々だ。
はー、どうして異世界の女の子ってこんなにたくましいのかしら……。
「育った環境の違いかな……」
わたしは口を尖らせ、
「グランビートルは、カブトムシみたいなもんだよね?」
そうであってくれ、たのむ。カブトムシならがまんできる。
そう祈ってみたのだが、
「カブトムシ? その虫は知らないけれど、どちらかといえば気持ち悪い方に分類されるかしら」
「まあ、気持ちのよい生き物とはいえないだろうな」
「うぇ」
やっぱりそうなんだ……。気分が沈む。
こたつでヌクヌクしてお菓子ポリポリ食べながら、アニメでも見てたい……と、ちょっとだけ元の世界が恋しくなる。
「さあ出発するよ!」
ジェイクの声ははつらつと響くけれど、
「うう……。キモいのイヤだなぁ……」
わたしはぶつぶつ言いながら、おっかなびっくりみんなのあとについて歩き始めた。
◆
高原には、まもなく到着した。
茶色くごつごつした岩肌が目立つ、あまり美しいとは言えない高原だったが、かえって空が澄んで見えた。
岩々の間を歩いていくと、急に抜けのよい場所に出た。
視界の奥に、キラキラと光るものが映る。
「わあ、海!」
なんか、けっこう久しぶりに海を見た気がする。
遠くに見える海は、雄大で、爽やかで、青かった。
「うん、なかなかの眺望ね。シートを広げてランチと洒落こむにはうってつけかも」
「干し肉しか持ってきてないぞ」
リーゼロッテが言う。
赤茶色で味気ないカチカチの干し肉を想像すると、渇いた喉がさらにカラカラになりそうだ。
「これなら、ある」
メティオがどこに隠していたのか、袖からオレンジ色の実を取り出す。
「ドミンゴの実!」
「丁度いい、少し休憩といこうか」
わたしたちは、剥きだしの岩に各々腰掛け、干し肉とドミンゴの実をいただく。
干し肉をかじるとその塩気が体に沁みいり、ドミンゴの実を頬張ると水気たっぷりの実が喉を潤した。
「うーん、おいしい! やっぱりハイキングは最高ね」
「もう、ミオン。グランビートルを討伐に来たのよ」
「うー、忘れようとしてたのに……」
わたしは膨れる。
「まあでも、ポテチとコーラとはいかなくても、干し肉とドミンゴの実も悪くないね」
「ミオンはときどき、訳のわからないことを言う。ネコ族の言葉なのか?」
「あ、それはまあ、その」
ごにょごにょ言っていると、ネコ族の話が出たからか、メティオが思い出したようにわたしのネコ耳を見る。
「じー」
「えーっと……どうぞ」
メティオの手がネコ耳に伸びてくる。
「あはは」
わたしは苦笑いする。またモフモフが始まった。
「モフモフ。モフモ……」
しばらくモフっていたメティオの手が、急に止まる。
わたしのネコ耳が、ぴくりん! と動いたからだ。
「今、なんか物音しなかった?」
わたしは耳を澄ませ、声をひそめる。
全員、押し黙って耳をそばだてる。
風に紛れてはいるが、前方で確かにガサガサと音が鳴っている。
「来たな」
ジェイクが言った。




