第百五十二話 交換条件※挿絵あり
「やあ、また来たね」
ジェイクはわたしたちの姿を見つけると言った。
彼が手招きすると、一斉に他の冒険者たちの視線がわたしたちに集まる。
しかしこの間のデコピンの一件があったからか、絡んでくる冒険者はいない。
わたしたちは酒場の中を冒険者たちの間を縫って歩いていく。
「まあ座りなよ」
ジェイクに促されて、わたしたちは同じ机の周りに座る。
リーゼロッテ、セレーナ、わたしとならんで、わたしの隣はメティオの席だ。
「……飲む?」
メティオがミルクの入ったジョッキをこちらに勧めてくる。
「あ、うん。ありがとう」
ジョッキを受け取り、口をつける。
温かいミルクはほんのり甘くておいしい。
視線を感じて隣のメティオを見ると、その目は、じーっとわたしに向けられている。
「えーっと……さわる?」
わたしが言うや否や、メティオの目がキラーンと光る。
気がついたときには、その手がわたしのネコ耳に向かって伸びてきていた。
「モフモフ……」
メティオに耳をモフモフされながら、ミルクを飲む。
その様子を見て、くすくすとジュナが笑う。
「メティオったら、あなたのその耳がずいぶんお気に入りみたいね」
ジュナは人差し指を唇に当て、おかしそうにこちらを見ている。
「ははは」
ジェイクとルーベンダイクも、笑いながら見守っている。
「モフモフ」
メティオはとにかくネコ耳をモフモフする。
「モフモフ」
「あはは……」
わたしはしばらくそうしてモフモフされていたけれど、
「それで、今日も授業料を稼ぎに来たのかい?」
ジェイクに言われ、
「あ、そうだ! あの、聞きたいことがあるんですけど」
急に思い出して言う。
「あの……大魔導士について何か知りませんか?」
イェルサの稲妻の面々は、予想もしていなかったというように顔を見合わせる。
ジェイクが不思議そうに訊ねる。
「なぜ大魔導士の話なんかを?」
「えっと……」
わたしは以前ポートルルンガで馬鹿にされたことを思い出してちょっと躊躇する。
「こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど……」
思い切ってはっきりと言った。
「わたし、大魔導士を目指してるんです」
ジェイクの両眉が、驚きでぐっと持ち上がる。
それからジェイクは椅子にもたれ、斜め上を見ながら何か考えているようなそぶりを見せる。
わたしは、笑われなかったことに少しほっとする。
「うん」
コクリ、とうなずくジェイク。
背もたれから背中を離したと思うと、机にひじを置いて身を乗り出す。
「交換条件といこう」
「交換条件?」
「冒険者っていうのはいつだってギブアンドテイクさ」
ジェイクはニッと笑って言う。
「狩りを手伝ってもらう」
◆
「狩り……ですか」
「ああ。このルミナスのギルドから依頼があったんだが……」
両手を広げ、ふぅっとため息をつくジェイク。
「ちょっと面倒な依頼でね。君らの手を貸してほしい」
わたしたち三人は顔を見合わせる。
「どうする? 交換条件だって。受けてもいいかな」
「私は構わないけれど」
「うむ。私も構わない」
二人の承諾を得て、わたしはジェイクに向き直る。
「わかりました。それでお願いします」
「断っておくけど」
ジェイクが人差し指を立て、わたしの目を見る。
「僕らが持ってるのは、有力といえるほどの情報じゃないかもしれない。それでもいいかい?」
「……はい。やらせてください」
「交渉成立だな」
ルーベンダイクが言う。
ジェイクは満足そうに頷くと、ビールに手を伸ばす。
「それじゃ、さっそく次の休みに決行だ」
ジェイクがジョッキを高く掲げる。
それからビールを口に含み……ぶほっと吹き出す。
顔をしかめて顔の周りのビールを拭うジェイクを見て思う。
飲めないなら、やめればいいのに……。




