第百五十一話 雪のギルド
期末試験から数日が経った。生徒たちは、試験を乗り越えて気が抜けてしまった感がある。
ミムマムは、いつもの甲高いうわさ話をせず二人揃って居眠りしているし、ケインですら、嫌味を言わずに頬杖をついてぼーっと空を眺めている。
試験後にある、しばしの休みをみな待ちわびているようだ。
「みんなだらしないなあ」
わたしは教室内のそんな体たらくを目にし、腰に手を当てて、ふすーっ、と鼻から息を吹き出す。
(やけに元気だニャ。ミオンは、試験の疲れはニャいのか?)
「試験といったって魔法の試験だもん。いくらでもかかってこいだわ!」
「ほう。では特別に追試を与えてやろうか?」
振り返ると、ヒネック先生が教科書を持って見下ろしていた。
「あわわ……」
「はやく席につけ。授業は始まっている」
わたしは脱兎のごとき速さで席に着いたのだった。
(……やれやれ、ニャ)
授業を終えたわたしはセレーナとリーゼロッテをつかまえ、言った。
「試験も終わったことだし、さあはりきって調べよう!」
「調べる?」
「何のことだ?」
わたしは他に何があるのとばかり、目と口を大きく開いて言い放った。
「もちろん、旧極魔法についてだよ!」
◆
期末試験が終わったばかりの図書室には、わたしたち以外誰もいない。
「貸し切り状態だね。……どこを探せばいいのかな」
本については、もちろんリーゼロッテが一番詳しい。
彼女の後について、ずらっと並んだ本棚の間を歩く。
「旧極魔法についての書籍なんてあるの?」
「いや、どれも断片的な情報しか載っていなかった。言い伝えや伝承の類をしらみつぶしに調べるしかなさそうだ」
リーゼロッテが言うと、セレーナが高い本棚を見上げながらつぶやく。
「骨が折れそうね……」
ひしめき合うように並ぶ背表紙を眺めながら、わたしはちょっと途方に暮れそうになる。
これだけ分厚くて難しそうな本が並んでいると、こちらに向かって迫ってくるような圧迫感すら感じる。
「仕方がない、とりかかろう! そのために来たんだから」
わたしは、気迫で(本に)負けてなるものかと、明るい声を出す。
「元気だな、ミオン。よし、私も頑張るぞ」
リーゼロッテは立ち止まって言う。
「古来からの伝説、民間伝承、昔話なんかはこの辺りだ」
「ようし、徹底的に調べるぞ!」
わたしは本に手を伸ばす。革の背表紙のその本は、ずしりと重い手ごたえ。
ほかにも何冊か見繕って、わたしは両脇に抱え、とりあえず一番薄い本をぱらぱらとめくりながら、閲覧用の机へ向かう。
「ふむふむ……」
どん、どん、と両脇の本を机に置き、わたしは椅子に座る。
「この本、昔話の要約を集めたものみたい」
はじめは気が重かったが、調べだしてみると案外興味深い話が多く、いつの間にかわたしは楽しんでいた。
「わー、みてみて、にゃあ介。わたしの知ってる昔話と全然ちがう!」
(あたりまえニャ。ここは異世界ニャ)
「ネコが主人公の話? これ面白そう。わっ、それに創世の戦いに参加した石像の軍隊の話」
「勇者ダイロスの物語ね。勇者ダイロスが石像を率いて魔王を討伐するの」
「へえ~!」
わたしは本に目を戻し、
「これは神様の話、天使の話……。わっわっ、空の島へ渡った勇者の話だって!」
「聞いたことがある話もいくつか載ってるわね。ミオンの故郷には古い物語とかないの?」
「そうだなあ……桃から生まれたモ……勇者モモタロスが、鬼…ゴブリン退治に行く話とか、親指くらいの勇者イッスンボーダーがゴブリン退治に行く話とか」
「ゴブリンばっかりなのね」
「何をしているのだ? セレーナ、ミオン」
リーゼロッテに言われ、
「あっ、ごめん。興味深い話が多すぎて……」
セレーナとわたしは、小さくえへんと咳をして仕切り直し、旧極魔法について調べ始める。
しかし、これだけ本があるにもかかわらず、旧極魔法について触れた内容はなかなか見つからなかった。
「うーん、ないなあ」
しばらく後、わたしが凝った肩をコキコキと動かしていると、リーゼロッテが言った。
「二人とも、ちょっといいか」
「あったの? 旧極魔法についての記述」
「いや、明言してあるわけではないが……とにかく聞いてくれ」
わたしとセレーナはリーゼロッテの両側から本を覗き込む。
リーゼロッテの開いている嘘みたいに分厚い本の頁には、米粒みたいに小さな文字が三段にも並んでいて、わたしは見ているだけで目がちかちかした。
リーゼロッテはその中の一節を指差し読み上げる。
「ここだ。かつて大魔導士と呼ばれた人物は、南方の地より現れ、数々の強力な魔物を魔法で倒して人々を驚かせた」
「大魔導士……」
わたしはポートルルンガのギルドで酔っぱらいの冒険者にからまれたときのことを思い出す。
その冒険者は言っていた。かつて大魔導士と呼ばれた人物がいて、強力な魔法を使ってドラゴンを倒したという話。
迷信にすぎないと笑いながら冒険者は話したが、わたしはそうは思わないと言ったのだ。大魔導士はきっと本当にいたんだと。
あれ以来、大魔導士になるのがわたしの目標になったのだった。
その大魔導士と、この本に載っている大魔導士って、もしかして……同一人物?
「ギルドへ行こう」
「冒険者ギルドへ? 今から?」
「うん。前に港町のギルドで大魔導士の話を聞いたことがあるの。冒険者たちの間では有名な話なのかも」
◆
ルミナスのギルドへ着くと、ちょうど雪が降り始めた。
「きれい……」
雪って、前の世界でも好きだった。
空から落ちてくるいくつもの白い破片は、なんだか世界の喧噪を静めていくみたいだった。
それが異世界にきてから、一段と美しく見えるようになった。
「寒いけどね……」
「ミオン? 入らないの?」
雪に見とれているわたしにセレーナが声をかける。
「あ、ごめんごめん。うん、入ろう」
わたしはそう答えると、静かな雪の世界を外に残し、騒がしいギルドの中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー!」
受付のリンコさんが言う。
「あ、雪降ってきたんですね。あんまり積もらないといいけど……」
いつも笑顔のリンコさんの表情が曇る。
そうか、雪かきとか、大変なことだって多いんだ。ただ美しいだけじゃないんだなあ、とわたしは再認識する。
「寒いしね……」
リンコさんが、
「あのSランクパーティさん、また来てますよ!」
と、いつもの笑顔に戻って言った。
「え、イェルサの稲妻、来てるんだ」
そのとき思いついた。
大魔導士のこと、旧極魔法のこと……
「イェルサの稲妻に訊いてみよう!」




