第百四十九話 期末試験
授業が終わったら図書室、それが終わったら練習場。
雪の中、寒さの中、わたしたちの試験勉強は毎日続いていた。
冬の図書室は寒くて、いつもはあまり利用者はいない。
それでも期末試験が近いからだろうか、わたしたち以外にも閲覧用の机に向かう生徒がちらほらと見受けられる。
わたしたちは図書室で最後の追い込みをしていた。
「いよいよ試験は明日からね」
固い木材の長机に両手をついてわたしの勉強を覗き込みながら、セレーナが言う。
「うー……試験という言葉がこわい」
本当に、これで大丈夫だろうか。
何か、覚え漏らしていることがあるんじゃないか。
わたしの脳裏に、自分だけ落第して、もう一度同じ学年をやり直す姿が浮かぶ。
ぶんぶん、と頭を振って、机に向かう。
「そろそろ帰らないとな」
「うん、あとちょっとだけ待って」
わたしは、最後にもう一度だけざっと復習しようと本のページをめくる。
黙々と勉強を進めるわたしたち三人以外、もうほとんど図書室に人はいない。
キンキンに冷えた窓の外は、もう暗くなり始めている……。
外に出ると、冬の早い夜空にはもういくつか星が見えていた。
「もうこんな時間……あ」
ふと気づいて、わたしは声を漏らす。
「どうしたの、ミオン?」
わたしは自分自身、驚いていた。
「わたし、こんなに勉強頑張ったの、生まれて初めてかもしれない」
◆
「ねえ、試験、大丈夫かな」
試験を翌日に控え、寮のベッドに横になりながら、わたしは机の上のにゃあ介に話しかけていた。
「大丈夫ニャろ。早く寝るニャ」
「でも……落第になっちゃったら……」
「案ずるより産むがやすし。今心配しても仕方ないニャ」
また、自分だけ落第する姿が頭に浮かぶ。
問題用紙を前に、まったく手もつけられないで震えているわたし。
それから場面は切り替わる。
わたしは大事なふたりの友達に置いていかれ、走っている。
走っても走っても、追いつけない。
セレーナとリーゼロッテのうしろ姿に向かって、手を伸ばす……。
いつの間にかうつらうつらしていた。
「もうちょっとだけ、勉強しようかな」
毛布をめくり上半身を起こす。
「ミオン」
ぬいぐるみのにゃあ介がぽふ、とベッドへ跳び移る。
「自分で言っていたではニャいか。こんなに勉強したのは生まれて初めてだと」
「うん……」
「ワガハイから見ても、これほど勉強に打ち込んでいるミオンは初めてだ。今日これ以上やっても意味がニャい。それより……」
「それより?」
「さっさと寝ろニャ」
◆
試験はまず薬草学から始まった。
朝の教室、窓におりた霜を透かして照らす陽の光の中、生徒たちは机の前で固くなって待っている。
これから勉強の成果が試される。結果によっては、落第もありうる。緊張するのは当たり前だった。
「それでは始めます」
エオル先生の指示で、一斉にペンをとる音が教室内に響く。
先生が問題文を読み上げていく。
「……問1.メリル草から回復薬を作成する手順を示しなさい。問2……」
みんな、いそいで羊皮紙に問題文を写していく。
リーゼロッテの言葉を思い出す。「できる問題から解くんだぞ」と彼女はアドバイスしてくれた。
問題を写し取ったあと、わたしは羊皮紙全体に目を走らせる。
ざっと見た感じ、薬草や毒草についての知識を問う問題が多かった。
「オルム草にメリル草、デビルグラス……」
聞いたことあるのも結構ある。これならできるはずだ。
「大丈夫。大丈夫のはず。あんなに勉強したんだから……」
ペンをとり、わたしは解答用紙に向かった。
◆
教室に、ひな祭りの段みたいに並んだ机。
その上に、何十本もの瓶がずらーっと立っている。
「ここに並べられた30本の瓶を、水の魔法を使って制限時間内にすべて倒してみよ」
ヒネック先生が言う。
「これが黒魔術の実技試験だ」
「これを全部……」
わたしは眉根を寄せて考える。
この距離からじゃ、ピンポイントでねらいをつけるのはかなり難しい。
ひたすら連続で水の魔法を撃つ、数撃ちゃ当たる戦法でいくしか……
「……そうだ」
わたしは、一つ妙案を思いついた。
「じゃ、じゃあ、いきます」
集中し、魔力を両手に集める。
「我求めん、汝ら猛き水よ、獣どもの牙を折り石を鑿て……」
わたしは一気に魔力を解き放つ。
「イブルウォータ!!」
水しぶきを上げ、水の奔流がわたしの手の先の空中から出現する。
そう、一本ずつ倒すのではない。
名付けて、大量の水を放出して右から左へ流し、一度に全部倒しちゃう作戦!
わたしの目の前で、教室の一角がかるく洪水みたいになる。
あっという間に、30本の瓶をなぎ倒し……というか、机ごと押し流し、あたりは水浸しになる。
「やったぁ!」
と、ヒネック先生の顔を見ると……。
「…………」
洪水に巻き込まれて全身水浸しの先生は、髪から水をぽたぽた垂らしながら苦々しい顔をしている。
「あ、あの」
「成功ではあるが、反則だ。減点する」
「ええ!?」
そんなルール聞いてないし!
……ていうか、後からルール作ってない?
「何か文句があるのか」
「うぐ……ありません」
びちゃびちゃにした机の片づけを手伝わされた後、教室を出る。
「大丈夫だったかなあ……あれで」
(終わったことを気にしても仕方ニャい。切り替えて次)
わたしは試験結果を案じながら、
「でも、あの実技試験内容だったら、リーゼロッテは心配ないかも。コントロール抜群だもん」
そうつぶやき、次の試験教室へ向かった。




