第百四十七話 ルミナスのギルドにて
隠し通路で校長先生と出会ってから、数日後。
結局、ヒネック先生には旧極魔法について聞けないまま、いつも通り授業を受けていた。
授業が終わり、帰り支度をしていると、教室の扉の外から誰かが顔を出した。
金髪のきれいなその女性は、事務のエイサさんだった。
エイサさんは、扉に手をかけたまま誰かを探しているように、きょろきょろと教室内を見回している。
「あっ、いたいた」
エイサさんは真っすぐこちらへやってくると言った。
「ミオンさん」
「えっ、わ、わたし?」
(また何か目立つことでもしたんじゃニャいか?)
「心当たりはないけど……」
教室にエイサさんが来るなんて珍しいことだ。
みんなの視線が集まる。
「あの……ミオンさん、あのですね……」
「な、なんですか」
エイサさんは、すごく言いにくそうに、
「ミオンさん、授業料、滞納してます……」
と言った。
一瞬、絶句するわたし。
「ご、ごめんなさい! すぐ払います!」
ぶんぶん、と音がするくらい豪速で頭を下げる。
「お願いしますね」
優しく言ってくれるエイサさんに、申し訳ない思いでいっぱいになる。
エイサさんの帰っていく後ろ姿を見ながら、段々と、顔に血が上ってくる。
「うわわ、うわわわわ」
ははは、はずい。はずいよぅ~!
恥ずかしすぎて、みんなの方見れない……。
とにかく、授業料払わないと。退学になっちゃうかも。
わたしはセレーナに泣きついた。
「うわーん、セレーナ。魔物狩り手伝って~!」
◆
ルミナスのギルドへ来るのは、ゴブリン討伐を請け負ったとき以来だ。
あのときはケインがゴブリンの群れに襲われて、大変なことになったんだった。
わたしとセレーナとリーゼロッテは、掲示板に向かって手ごろな討伐依頼をいくつか見繕っていた。
ちなみにリーゼロッテも、わたしが頼みこむと快く引き受けてくれた。二人は天使だ。
授業後なので、すでにあまり時間はない。
近場で、手っ取り早く稼げる依頼――。
「うーん、ゴブリン討伐と……」
「グリーンリザード討伐くらいだな」
「日没まであまり時間がないわ。急ぎましょう」
◆
わたしたちが再びギルドに戻ってきたのは、もうずいぶん暗くなってからだった。
いそいで、かき集められるだけ魔石をかき集めたので、へとへとだった。
ギルドの目印である看板を見上げ、わたしは言う。
「ごめんね。リーゼロッテもセレーナも。わたしの授業料のために……」
「構わない。ワイバーン戦以来、トレーニングばかりで実戦を離れていたからな」
「気にしないで。私も、剣の修練になったのだから」
「ううっ、ありがとー」
ギルドの扉を開けると、なんだかいつもと雰囲気が違う。
なんだろう?
いつもわいわいと騒がしい酒場がなんだかぴりぴりしているような、緊張感があるような……。
とりあえずわたしは、もじゃもじゃ頭がトレードマークのリンコさんが居る受付へ向かう。
カウンターに、取ってきた魔石をじゃらじゃらと広げると、
「わっ、すごい。ゴブリンとリザードがいっぱい! ちょっと待ってくださいね……はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
これで、授業料が払える。
「ふぅ~、なんとか首の皮はつながった……」
報酬を受け取りながら、わたしは酒場を指して、訊ねる。
「なにかあったんですか? なんだかいつもと雰囲気が違いますけど……」
するとリンコさんは、少し興奮したように笑って、
「実はですね、酒場にSランク冒険者が来てまして……。みんな、気になっちゃってるみたいで」
「Sランク! それって……」
わたしは、セレーナとリーゼロッテに言う。
「ちょっと見ていこう」
◆
わたしたちは酒場へ足を踏み入れる。
人はいる。酒もある。なのにみんないつもより口数が少ない。
「やけに静かに飲んでるね……」
そうかと思えば、中央のテーブルだけ、やたらとにぎやかだ。
どうやら周りのみんなは、真ん中のテーブルで飲んでいる冒険者パーティを羨望のまなざしで見つめているようだ。
「話しかけられないほどなのかな」
わたしは、酒場の中央へ目をやって、声を上げた。
「あっ! やっぱり」
そこで飲んでいたのは、やはりイェルサの稲妻の面々だった。
「おっ、君たちは……」
ジェイクがわたしたちに気づいて話しかける。
「こっちへおいでよ」
いっせいに冒険者たちの視線がわたしたちに注がれる。
そんな中、わたしたちは、ぎこちない動きでイェルサの稲妻のいるテーブルへと向かう。
「やあ」
ジェイクとルーベンダイクとジュナの前にはビールが置かれ、メティオはミルクを飲んでいる。
「いやー、やっぱり仕事終わりの一杯は最高だね! ゴクゴク……ゴフォッ!」
ジェイクがビールをあおったかと思うと、盛大に噴きだす。
「え?」
「ははは。ジェイクは下戸なのに、いつも無理して飲んでるんだよ」
「酒が飲めない冒険者なんて、馬鹿にされると思ってるのよ」
呆れながら言うジュナの言葉に、思わず笑ってしまう。
「ふふ」
「あはは」
「わーっはっは」
テーブルに笑いが溢れる。
「座りなよ」
ジェイクは近くのテーブルから、空いていた椅子を持ってくる。
「ミオンくんにセレーナくん、……それにリーゼロッテくんだね」
「覚えててくれてるんですか?」
「そりゃあね。……君たちは冒険者なんだね」
「あ、はい。恥ずかしながら、授業料を賄うために魔物狩りを……」
「そうなのかい? 大変だね。今なら、リザードキング討伐依頼が出ていたよ」
「あ、でもわたしたちまだFランク依頼しか受けられなくて……」
「Fランク?」
「そりゃあおかしな話だな」
「?」
「私たちはこう見えてもSランクで、いつもあなたたちを教えているのよ」
「多少なりと、生徒の技量はわかるものさ」
わたしたちは、顔を見合わせる。
イェルサの稲妻に、技量を認められてたみたい。少しうれしくなる。
そのとき、「ウィ~」という間の抜けた声がした。
ひどく酔っ払ったひとりの冒険者が、わたしたちに近寄ってきたのだ。
「ようよう、嬢ちゃんたち。ここはおめぇらのような小娘がいていい場所じゃねぇぜ」
酔っぱらってはいるが、パンツを吊っているサスペンダーの下の身体は筋骨隆々で、多少腕に覚えのありそうな男だった。
「なぁ? なれなれしくイェルサの稲妻に話しかけてんじゃねーよ」
その酔っ払いが、リーゼロッテの肩に手をかけようとする。
「ちょっと!」
わたしとセレーナは立ち上がろうとする。だがそれよりも早く――
メティオが動いた。
すっと右手をだし、酔っ払い男のおでこを指ではじく。そのとたん、男は叫び声を上げて後ろへ倒れた。
「ぎゃあぁああ!」
「なれなれしいのはどっち」
男は額を押さえてのたうち回っている。
「大げさ」
メティオは涼しい顔でミルクを口へ運ぶ。
「すごい……デコピンみたいなのくらわせただけなのに」
「筋力強化」
メティオがボソッと言う。
「今の一瞬で、筋力強化を唱えたのか!?」
いつも弓のために筋力強化を使うリーゼロッテは、驚きの声を上げる。
さすがSランク冒険者だ。
「信じられないな……」
リーゼロッテはメティオを見つめる。
メティオはといえば、じーっとわたしの方を見ている。
わたしが居心地悪そうにしていると、
「……飲む?」
メティオがミルクの入ったコップをわたしの前へ置く。
「あ、ありがとう」
わたしはコップを受け取り、ミルクに口をつける。
ちびり、と飲んで、横へ目をやる。
メティオは、まだじーっとわたしを見ている。
「な、なにかな?」
「……それ、触ってもいい?」
「へ?」
メティオの視線を追ってみると……どうやらわたしのネコ耳を見つめているみたい。
「これ? いいけど……」
わたしが答えると、早速メティオはわたしのネコ耳を触りはじめる。
「モフモフ……」
「あ、あの」
わたしは話しかけようとするが、メティオは耳を触り続けている。
「モフモフ……」
「あはは……」
そんな感じで小一時間ネコ耳をモフモフされたのだった。




