第百四十四話 ヒネックの動向
「旧極魔法?」
「うん、確かにそう言ってた。リーゼロッテ、聞いたことない?」
「失われし旧極魔法か……。それについて触れた書物を読んだことがある」
「そうなの!? それってわたしたちが復活させた、パラライズウインドやウワオギとは違うの?」
「うーむ……詳しい記述があったわけではないが、それらとは全く別物のようだった。加速魔法とも違う。しかし……」
「しかし?」
「迷信の類だと思っていた」
「ヒネック先生の言い方だと、迷信どころか、実際にその魔法を甦らせるつもりみたいだったよ」
「本当に? からかわれただけではないのか」
「ううん、あれ絶対本気だった。でも、エスノザ先生の課外授業を受けてるって言ったら、急に、今のは忘れろって」
リーゼロッテはセレーナと顔を見合わせる。
「たしかに、それは妙だな」
「他人に知られたらまずいってことかしら」
二人とも、真剣な目になる。
「旧極魔法……本当に存在するのか?」
ヒネック先生の奇妙な態度が、この話の信憑性を増している気がした。
リーゼロッテがうずうずしているのがわかる。
わたしだって、すっごく興味をひかれている。知識欲旺盛な彼女なら無理もない。
「調べる方法、ないかなあ」
「ううむ、やはり王立図書館へ行くしか……」
そんな会話をしていると、急に甲高い声が飛んできた。
「なんの話ですかー?」
「うわ、ミムマム! ……なんでもない!」
わたしは慌ててぶんぶんと手を振る。
「へー。そうですかー」
ミムマムは不満そうにそう言うと、たたたっと駆けていった。
「あぶないあぶない。誰にも言うなって言われたのに、あの二人にばれたら、学校中みんなに知られちゃう」
しばらく様子をうかがって、わたしたちはまた話し始める。
「王都へ行くのは、しばらく無理だな」
「そうね。一日や二日で情報を得て帰ってこられるとも思えないし……」
「じゃあどうしようか。放っておく?」
うーん、とリーゼロッテは考え、
「そもそも、魔法陣はもう完成しているのだろうか?」
と疑問を口にする。
「時の魔法のように、特別な祭壇とかは必要ないのかしら」
「うーん、さっぱりわかんないね……」
わたしが首を振ると、腕組みをしたリーゼロッテがこうつぶやく。
「やはり推測だけでは、どうにもならないな」
もやもやしたものを抱えたまま、わたしたちは帰途についた。
◆
寮の自分の部屋へ戻ると、わたしはベッドに横になる。
ごろりと転がりながら机の上のにゃあ介に話しかける。
「旧極魔法だって」
「ふむ」
「失われし魔法だって」
「ふむ」
「どう思う? にゃあ介」
「ミオンはどう思うのだ」
「そりゃあ、もちろん!」
わたしは間髪入れずに答えた。
「知りたいよ! 見たいよ! 覚えたいよ!」
「……そう言うと思ったニャ」
「だよねー」
わたしは毛布を抱きながらベッドの上をゴロゴロする。。
こと魔法に関しては、我ながらわかりやすい性格だと思う。
「だが……どんな魔法かもわからニャいのにか? 危険な魔法だったらどうする?」
「うーん」
わたしはちょっと考える。
「それでも覚える。使わないかもしれないけど、やっぱり覚えないと――」
「覚えないと?」
わたしはにっと笑って見せる。
「大魔導士とは言えないでしょ」
「そうか」
にゃあ介は、ぽむ、とベッドの方へ跳ねる。
わたしはそのにゃあ介を抱いて眠りについた。
にゃあ介は腕の中で「むぎゅ」と変な音を出した。
◆
「尚、ヒネック先生は明日から数日の間、休暇を取ることになりました」
魔法学総合の授業の終わりにショウグリフ先生が言った。
え、ヒネック先生がお休み?
「お休みの間、黒魔術の授業は自習となりますので、各自ご承知を」
教室内が少しざわつく。
「ヒネック先生、ご病気か何かですか?」
一人の生徒が訊ねる。
「休暇をとってどこかへ出かけるそうです。ヒネック先生もたまには気分転換したいのでしょう。さあさあ、もう授業は終わりですよ」
教室をあとにし、リーゼロッテの待つ中庭へ向かう途中、隣のセレーナが言う。
「ヒネック先生、一体どうしたのかしら」
「わかんない。でも、ヒネック先生が海でバカンスなんて似合わないよね」
明るい浜辺をサンダルで歩いているヒネック先生なんて想像つかない……
そこではっと気づく。
「……まさか、旧極魔法の契約のため?」
セレーナも、
「もしかしたら、そうかもしれないわね」
と、うなずく。
「えー、どうしよう」
リーゼロッテに話すと彼女は、
「昨日の今日でこれだ。その可能性はあるな」
と言った。
「どうする?」
「どうするって、どうしようもないな……。まさか追いかけていくわけにもいかないし」
「うーん、困った」
契約に成功したとしても、ヒネック先生がそれを教えてくれるとは考えにくい。
それじゃあ、わたしたちが知ることは一生できないじゃない!
「旧極魔法かあ……」
わたしはまだ見ぬその魔法に思いをはせる。
古の時代に失われし旧極魔法。
どんな魔法なのだろう。どれほどの威力があるのだろうか。
考えれば考えるほど、詳しく知りたくなってくる。
「うわあん、興味深いようリーゼロッテ」
「同感だ」
リーゼロッテは言う。
「だが今は何もできない。……とりあえず待つしかないな」
◆
数日後、ヒネック先生は休暇から帰ってきた。
左腕と右足に包帯を巻き、大きな杖をつきながら。




