第百四十二話 模造武器
「それでは、みんなに練習用の模造武器を配ります」
今度は大きな箱から、模造刀や、先に布の巻かれた模造槍、鞭、パチンコが運び出され、それぞれ生徒たちに配られる。
「ではみなさん、各々の武器を持って、担当の講師の前へ移動してください」
わたしは、渡された模造槍をもって、ルーベンダイクのところへ移動した。
「模造っていっても、結構重いんだね」
ふと右の方へ視線をやると、メティオの前で当惑気にしているセレーナの姿が目に入る。
セレーナはパチンコを目の高さに持ち上げて構えている。わたしはじーっと動きを観察する。
セレーナは配られた模造弾をパチンコのゴムの部分に当てる。
綺麗な顔の眉間にちょっとだけしわが寄る。
そのまま、にぎぎ、と引っ張っていき……、
「きゃっ」
パチンコのゴムがぐりん、となって、弾がセレーナの方に戻ってくる。
コツンとおでこに弾が当たり、セレーナはばつが悪そうに額をさする。
「むぅ。もしかしてセレーナにはドジっ娘の素質があるのかな?」
わたしがそんなことを呟いていると、ルーベンダイクが大きな声で言った。
「それでは槍の扱いについて講義をはじめる」
「君、実戦に際して槍を手にしたとき、どのように戦うかね?」
ルーベンダイクがひとりの生徒に訊ねる。
「え? えっと……こう?」
その男の子は模造槍で突く真似をしてみせる。
「ふむ。槍といえば『突く』ものだと思われがちだが、それだけではない。『たたく』や『はらう』も大事だ。むしろこちらの方が主だとすら言える」
ふむふむ。わたしは真剣に聞きながらうなずく。
「実際に振ってみるのが一番早い。皆、大きく広がるように」
ルーベンダイクが言う。生徒たちはお互いの槍が当たらないよう、前後左右に散らばる。
「私と同じように構えて!」
ルーベンダイクが槍を両手で持って構える。
生徒たちはそれに習い、同じように槍を構えようとする。
しかしいきなりはうまくいかない。槍先が地面を擦ってしまったり、ふらついたり、槍をとり落とす者もいる。
「しっかり持って、もっと腰を落とす!」
ルーベンダイクは声高に指導する。
わたしは、
「こ、こうかな?」
言われたとおり腰を入れ、なんとかついていこうとする。
しかし即座に、
「なんだそのへっぴり腰は!」
と怒鳴られる。
「へ、へっぴり……?」
思うようにいかず、わたしがあせっていると、
(ミオンよ、想像してみろ。眼前に敵がいるとき、本当にその構えで戦うのか?)
「!」
にゃあ介に言われ、わたしははっとする。
たしかに、想像力が足りなかった。
たった今、強大な魔物と対峙しているとしたら……。
わたしはラノベで培った想像力を働かせる。
今、そこにいるんだ。大きな牙と、鋭い爪の強大な敵。
黄色い目が、怒りに燃えている。
槍を握り直し、その架空の魔物に向かって構える。
魔物は、今にもとびかかってわたしを襲おうとしている。
よだれまみれの口からうなり声をあげて、こちらを窺っている。
いつしか、その魔物はレッサー・ドラゴンへと姿を変えていた。
鋭い牙のあいだからのぞく赤い炎が、うねるのまで見えた気がした。
額に冷や汗が浮かび、息が荒くなってくる。
隙を見せたらやられる。
「おっ? その構え……」
急に後ろからかけられた声に反応し、わたしは振り向きざま槍を向ける。
「おっと!」
ざっという音を立てて、ルーベンダイクが飛びすさる。
「待たれよ!」
ルーベンダイクは、左手を地面に着き、右手をわたしに向けて制する。
ようやくわたしは我に返る。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
今度は空想の中に入り込みすぎた。
(やれやれ、ミオンはどうも極端だニャ)
「いや。背後から声をかけた私が悪い」
ルーベンダイクは立ち上がり笑顔で言う。
「お主、なかなかスジがいい」
◆
「それで、セレーナったら、パチンコの玉がおでこに当たっちゃって」
昼食の席でわたしは早速リーゼロッテに報告する。
「やだ、見てたの?」
「ふふふ。かわいかったよー」
恥ずかしそうなセレーナ。
「ミオンだって、ルーベンダイクさんに殴りかかりそうになってたじゃない」
「な、殴りかかりそうにはなってないよ」
ひとしきりいじり合ってから、ふと思いついて訊ねる。
「ねー、リーゼロッテも、身体鍛錬の授業受けた? 何の武器になったの?」
リーゼロッテが麦粥を口に運びながら答える。
「私か? 私はムチだ」
「ムチ! ……リーゼロッテがムチかー」
ミスマッチなようでいて、結構似合っているのか?
「ムムム……」
わたしはムチを操るリーゼロッテの姿を思い浮かべようとした。
が、さっきのように想像力を働かせても、それはなかなかに難しかった。




