第百三十八話 魔族
大丈夫だよ、って言っているのに、ガーリンさんはわたしたちを寮まで送ると言って譲らなかった。
「女の子三人だけで返して、これ以上何かあったら、後悔する位じゃすまんからな」
そう言うと、ガーリンさんは斧を担いで、すでに先頭を歩いていた。
過保護だなぁ、と思いつつ、それでも夜道を行くガーリンさんの背中は頼もしかった。
雲間から時おり顔を覗かせる月が、なんだか冷たく見える。
わたしは歩きながらセレーナとリーゼロッテにこう訊ねた。
「魔族なんているんだね……。知らなかったよ」
二人は顔を見合わせて眉を上げたかと思うと、
「魔族っていうのは……」
と、説明を始める。
「スライムやドラゴンなどの魔物と違って、人型をした種族だ」
「へえ、人型……。人間との仲はやっぱり……?」
「最悪だな。常に好戦的で、敵意むき出し。魔族と人間の関係はずっと戦争の歴史だ」
リーゼロッテが言う。
「父の従事していた国境警備隊も、魔族の侵攻を阻止することが大事な仕事の一つだったわ。魔族領と国境を接していたから……」
セレーナが言うと、
「魔族に侵略されてしまった国もあると聞く」
リーゼロッテがそうつけ加える。
「そうなんだ……」
わたしは腕を組んで、
「同じ人型なのに仲良くできないなんて、悲しいね」
二人は再び顔を見合わせる。
「どしたの?」
「いや……そんなこと考えたこともなかった」
「どんな相手でも、言葉が通じるなら分かり合えると思うんだけどなぁ」
「魔族と、か……言葉は通じても、心が通じるとはとても思えないな」
「そうね……残念だけれど」
ふたりはにべもなく言う。
「乱暴で言うことを聞かない魔族を束ねるとは、魔王にはよっぽど統率力があるのだろう」
「うん、そうだね……えっ、待って待って」
わたしは思わず立ち止まる。
「なんだ?」
「いま、魔王って言った?」
◆
寮に戻って、ベッドに入ってからも、いろんなことが頭を去来してなかなか眠れない。
わたしは驚きを隠せなかった。
ゲームや小説の中にしかいないと思っていた、魔王。
それがこの世界には実際に存在しているなんて。
「魔王……魔族の王か……」
残忍かつ凶暴で、悪夢のような存在、なのだそうだ。
魔物を率いてみんなを苦しめている?
人間を滅ぼそうと、日夜画策しているだなんて。
魔族――人型をしてるけど、人間とは系統を異にする種族。
魔王。
魔族の王。
混血。人間と魔族の混血。それから、あの紫色の血――。
「ねえ、にゃあ介。わたし、どうするべきかな?」
(早く寝るニャ)
「いや、そういうことじゃなくて……」
(ワガハイは眠い)
「もう!」
何度も寝返りを打って、考えて、寝返り打って、考えて。
それからようやくウトウトした……
と、思ったら朝だった。
◆
あの夜の話は瞬く間に広まった。
衝撃的なその内容は、学校中を席捲した。
学校内部に火を放った者がいたこと。
思いもよらない人間が犯人だったこと。
それだけではない。犯人は混血だったこと。
混血が魔法学校の内部にいたこと……。
「みんな、あの話ばかりしてる」
わたしはそうつぶやく。
「ええ、先生たちは見つけるたびに注意してるのにね」
「みな隠れてうわさをしている。誰が犯人かという疑心暗鬼はなくなったが、この雰囲気もなんだかな……」
セレーナとリーゼロッテも少しうんざりしているようだ。
(人の口に戸は立てられぬと言うニャ)
「いったいいつまで続くのかな。みんな浮足立っちゃって、授業どころじゃないんじゃ……」
(それほど心配もいらニャいだろう)
にゃあ介が言う。
「え?」
(人の噂も七十五日ともいう。そのうち飽きてしまうニャ)
ある朝、目が覚めるといつもよりなんだか静かだった。
曇った窓を指で擦り外を覗くと、ルミナスの景色がうっすらと白く覆われていた。
「異世界にも雪が降るんだ~」
白い息を吐き、きゅっきゅっと新雪を踏みしめながら、学校へ向かう。
にゃあ介の言う通り、学内の不穏な空気も徐々に沈静化していた。
「あれほど大騒ぎだったの嘘みたい」
(人は何でも忘れる生き物ニャ)
「……それは、いいことなのかなぁ」
なんだか複雑な心境だったが、とにかくわたしも魔法の勉強に打ち込むよう、気持ちを切り替えようと思った。
しかし。
「魔王かぁ……」
学校内でわたしだけはどうしても気分を切り替えられないようだった。
それは犯人と対峙したせいもあるだろうし、異世界から来た人間だから、魔王という存在にショックを受けていたからでもあるだろう。
わたしは昼食の席で、リーゼロッテに詳しく話を聞いた。
「魔王って、魔物たちを率いて人間を滅ぼそうとしている、魔族の王なんだよね?」
「そうだ」
「シュレーネンさんは単独で動いていたのかな?」
ない頭で必死に考える。
「魔王かその側近、手下の指示ということもありうるな」
リーゼロッテが手を顎の下へ持っていく。
「もしかすると、魔法学校が魔王の脅威になると考えたのかも」
「いつだったか……洞窟へ行ったとき、わたしたちを閉じ込めて毒の煙を焚いたのも、もしかしたら」
セレーナが言う。
「今となると合点がいく。おそらく、魔導書の噂は魔法学校の優秀な生徒をおびきだすための罠だったのだろう」
「そんな……そこまでするなんて……」
わたしは絶句する。
「混血についてはヴィレンプという歴史家が著した『魔族大歴』に載っている」
少し声を低くしてリーゼロッテは話す。
「魔族、人間、二つの種族はもともと相容れない種族だ。しかし、この世界には非常に稀なケースだが人間と魔族の混血が存在している」
「混血……」
「ああ。『魔族大歴』は、魔族について詳しすぎるので、著者のヴィレンプ自身が混血だったのではないかと言われている」
「へえぇ……なんでも読んでるね、リーゼロッテは」
わたしが感心すると、リーゼロッテはさらりと言った。
「一部には有名な本だからな。今では禁書扱いだ」
「禁書!?」
わたしが訊ねると、リーゼロッテの眼鏡がぴかりーんと光った。
「だがもちろん、重要なところは全て写し取ってある。ふふ……」
「さ、さすが読書オタク……」
◆
火事のことに関する騒ぎが収まってから、しばらくは平穏な日々が過ぎた。
いつも通りに授業が行われ、学校は規律を取り戻す。
ただ、騒ぎの反動か、みんな少しだけ授業に気が入らないようなところがあった。
そんなある日、学校へ行くとショウグリフ先生がみんなを集めて話し始めた。




