第百三十六話 犯人
「ここで何をしているんですか。……用務員のシュレーネンさん」
驚いたように振り返った用務員のシュレーネンさんは、わたしを見て言った。
「おや、あなたたちの方こそ、何をしているんです。もう、授業は終わりですよ」
「シュレーネンさん、そのたいまつをどうするつもりですか」
わたしの言葉に、シュレーネンさんは右手に持っていたたいまつへ目をやる。
「ああ、ちょっと見回りをしていただけですよ」
と言った。
「火をつけるつもりだったんでしょう、シュレーネンさん」
セレーナが言う。
「何のことです?」
「あの日、あなたは鐘つき機を壊して授業を延長させ、その間に火を放った。わかっている」
リーゼロッテが指摘する。
「シュレーネンさんは前にも一度、鐘つき機を壊そうとしましたね。わたしたち、知ってるんです」
「やめてください。私がそんなことをするはず、ないでしょう」
シュレーネンさんは、にこにこと笑顔を浮かべながら言った。
「編入試験の合格発表の日、わたしとセレーナは、鐘つき機を修理しました。あれ、シュレーネンさんの仕業だったんでしょう?」
「知りませんね」
とぼけるシュレーネンさんに、リーゼロッテが、言う。
「火の手が上がったあの時刻、この場所にいられたのは、あなたを含む、ごく数人しかいない。先生も生徒も授業中だった」
リーゼロッテは続ける。
「鐘つき機を壊したのは、ガーリンさんに疑いの目を向けさせるためでもあった」
セレーナがそれを引き継ぐ。
「事務のエイサさんは各教室を回っていました。ガーリンさんは、鐘つき機の様子を見に、塔へ登っていたそうです」
シュレーネンさんが目を細めて言う。
「とんだぬれぎぬだ。……あなたたち、それを誰かに話しましたか」
「自分から名乗り出て、理由を説明して謝ってください。そうでなければ明日、校長先生に報告します」
シュレーネンさんのにこにこ笑顔が、さらに度を増す。
以前までは、誰にでも笑顔で腰の低い人だなあ、と思っていたけれど、今はその笑顔がこわい。
「女の子三人なら、私にも、相手がつとまるでしょうかねえ」
そう言うと、シュレーネンさんは、左手を背中の後ろへ回した。
顔にはずっと笑顔が張りついている。わたしには、何だか、それが能面みたいに思えてきた。
シュレーネンさんが左手を前へゆっくりと戻す。
手には、青白く光る、短剣があった。
◆
「ど、どうしよう」
(さっさと斬ればよいではニャいか)
にゃあ介が言う。
そういう訳にはいかないの! わたし、人間なんて、斬れないよ。
シュレーネンさんがにこにこ笑いながらにじり寄ってくる。
まるで握手でも求めるようなその笑顔。でも手にしているのは、鋭くとがった短剣だ。
そのときだった。わたしたちの後ろから、野太い声が飛んだ。
「いいかげんにしろ、シュレーネン!」
はっと振り返ると、廊下の角から現れたのはガーリンさんだった。
「すまん、遅れて。こいつが見つからなくてな」
ガーリンさんは斧をちょっと持ち上げて言った。
「ひひ」
シュレーネンさんは変な笑い声を上げたかと思うと、たいまつを投げ捨て、手のひらをこちらへ向けた。
「罪深き人間ども、わが暗闇の炎の報いを受けよ!」
手のひらに紅い炎の光ががほとばしる。
「あぶない!」
次の瞬間、横をドスドスという足音が走った。
炎の玉が、わたしの前へ出たガーリンさんの斧に当たりはじけ飛ぶ。
「はやく、たいまつを!」
ガーリンさんの言葉に、セレーナがたいまつの元へ走り、水の魔法で火を消す。
「シュレーネンよ、何故にこんなことをする?」
シュレーネンさんは不適な笑みを張り付かせたまま、だらり、と短剣を持つ手を伸ばす。
「ひひひ」
また笑っている。
それから急に飛び上がったかと思うと、ガーリンさんに切りかかる。
ガーリンさんは半身で避ける。その体形に似合わぬましらのような動き。
斧で短剣を払い、シュレーネンさんの腕をねじり上げた。
ガーリンさんがシュレーネンさんを取り押さえる。
シュレーネンさんの腕から血が流れている――。
「え?」
わたしは立ち尽くす。
血が、赤くない。
シュレーネンさんの腕から流れるのは、紫色の血だった。
ガーリンさんの表情が翳ったのがわかった。
「……お前さん、混血だったのか」




