第百三十五話 推理
「一番最初に火事を発見したのは、リョークっていう一人の男子生徒。彼に話を聞いたわ」
セレーナは思い出すように目線を上へ動かしながら話す。
わたしのとなりでリーゼロッテがうなずいた。
あのあと、わたしたちはすぐにリーゼロッテの寮へ行って彼女を呼び出し、みんなでセレーナの話を詳しく聞くことにしたのだ。
「リョークが言うには……黒魔術の授業を受けていたら、事務のエイサさんが来て授業は終わりだと告げた」
「ふむ」
「リョークはそのあと、すぐトイレへ行った。トイレから出たとき、何となく焦げ臭い気がした。それで校舎の西側を見に行ったら、火の手が上がっていたそうよ。壁と、天井、床に敷いてある絨毯が燃えていたって」
「早めに見つかって、本当によかったよね。もし、もっと遅れていたら……」
「全焼してしまっていたかもな」
「ええ……。それでね、私思ったんだけど」
セレーナは顎に手を当て、小首を傾げながら言った。
「やっぱり、自動で火がつくとか、そういう仕掛けを作るのは難しいと思うの」
「それを調べてたのか、セレーナは」
「え?」
「わたし、廊下の角からセレーナの様子を窺ってたんだ。ごめんね」
「ううん、いいの」
「魔法で火がつけられないかどうかも試してたんだね」
「そうなの。遠隔で火をつけるのは、むずかしいことがわかった」
「それで?」
「エイサさんにも話を訊いたの。そしたら一番最初に授業の終わりを告げに言ったのが、リョークの教室だった」
「なるほどな。それは……」
リーゼロッテがつぶやく。
「ふむ、まずいニャ」
とにゃあ介。
「え、どういうこと?」
「わからないか?」
「簡単なことだニャ」
「えーわかんない。わたしにもおしえてよ」
「あのね」
セレーナが噛んで含めるように話す。
「自動で火をつけるのは無理。遠方から火をつけるのも無理。ということは、事件当時、犯人は校舎一階の西側にいたわけよね」
「そして発見者のリョークより前に教室を出たものはいない」
「つまり、火の手が上がった時刻に、犯人は『教室の外』にいた。授業中なのに」
セレーナとリーゼロッテに説明され、わたしにもようやくわかった。
「……そうか!」
「そう、先生や生徒は犯人じゃないってこと。みんな授業に出てたんだもの」
「それじゃ、エスノザ先生の容疑は晴れた訳だ。早く校長先生に知らせに行こう」
「待って、でも……」
「なに?」
わたしはじれったくて、足踏みしながら訊く。
「鐘つき機が壊れたのって、偶然だと思う?」
確かに。丁度鐘が壊れたそのときに、あんな事件が起こるなんて、不自然だ。
「つまり、火事が起きたことと、鐘つき機が故障したことは関係している……」
セレーナの顔が曇る。
「何か考えがあるんでしょ、言ってよセレーナ」
「……こう考えたら自然だと思うの。犯人は、鐘つき機を壊すことで、授業を延長させた。そして、校舎西に誰もいないのを見計らって、その間に火を放った」
「なるほど。自然だな」
「うん、きっとそれに違いないね……何でそう先生たちに話さないの?」
「ちょっと、まずいな」
「何が?」
「この推理が正しいとしたら、誰に疑いがかかるか、考えてみるニャ」
「……あっ」
そうか。鐘つき機の仕組みをよく知っていて、授業に出ていない人物。真っ先に疑われるのは……。
「ちがう! それは違うよ、セレーナ」
わたしは必死で否定した。だって、そんなことあるはずないもの。
「そんなの絶対違う。……ガーリンさんがそんなことする訳、ない!」
◆
「もちろん、違うと思うわ」
セレーナは言った。
「でも状況は、ガーリンさんに断然不利よ」
「そんな……」
わたしは、ガーリンさんの無実を証明するため、必死で考えた。
ガーリンさんが犯人じゃないってことは、確信を持って言える。瞼の裏にガーリンさんのニコニコ顔が浮かぶ。
何の根拠もないけれど、間違いない。ガーリンさんのことは信じられる。
そう、それに、鐘突き機を見るときのガーリンさんの顔を覚えている。
「あんなに愛おしそうに鐘突き機を見てたのに、ガーリンさんが鐘突き機を壊すはずない」
「そうね……」
「まして、学校を燃やすだなんて!」
わたしはセレーナとリーゼロッテを順に見る。
「なにより、わたし、ガーリンさんが好き。あの人が犯人なはずない」
「……そうだな」
「私もよ」
その思いを支えに、わたしたちは考え続けた。絶対、何か見落としていることがあるはずだ。
けれど……、
「何の妙案も浮かばない……」
わたしは、ため息をついて、学校のほうへ目をやった。
リーゼロッテの寮はわたしたちの寮より学校に近く、よーく目を凝らすと校舎を確認することができる。
そのときだった。
「あっ!」
「どうしたの、ミオン。なにか思いついた?」
「ちがう! 来て、セレーナ、リーゼロッテ」
「来てって、どこへ?」
「学校!」
「学校? だって、もう、授業は終わってる。怒られてしまうわ」
「それでも行かないと!」
「一体どうしたの」
「今、人影が入っていくのが見えたの! 手にたいまつを持ってた」
◆
学校へ着くと、丁度門が閉まろうとしているところだった。
門を閉じようとしていたのはガーリンさんだ。
「ガーリンさん、待って!」
「オイ。どうした三人揃って」
「ガーリンさん、今、校舎へ入った?」
「うんにゃ? ワシはそこの守衛用の離れにおった」
「そう……」
わたしたちは顔を見合わせる。
「だれか来なかった?」
「…………」
黙りこむガーリンさん。
「どうしたの、ガーリンさん」
わたしは急に心配になる。ガーリンさん、何か隠してる?
「ガーリンお願い、話して!」
するとガーリンさんは、ため息をついて話し始めた。
「実は、ちょっと居眠りしちまってな……。本当はもっと早く閉めなきゃならんのに、門を閉めるのが遅れた。校長先生には内緒にしてくれ」
ぽりぽりと兜の上から頭をかくガーリンさん。
「なんだ……」
わたしはほっとする。
でも、待って。じゃあさっきの人影は?
「ガーリンさん、校舎へ入れて!」
そう叫ぶわたしをガーリンさんはきょとんと見つめる。
「そういうわけにはいかんよ。規則だからな」
「でも、大変なの」
「大変って何がだ?」
「学校が燃やされちゃうかも!」
◆
校舎に入ると、わき目もふらずに走った。
せっかく直ったばかりなのに、また火事になっちゃったら……!
知らず知らずのうちに、心の声が漏れる。
「お願い、間に合って!」
わたしたちが校舎の西へ駆けつけると、その人物は廊下の突き当たりに立っていた。
「はぁ、はぁ……、あなただったの」
わたしは息を切らしながら、言った。
「ここで何をしているんですか。……用務員のシュレーネンさん」




