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第百三十三話 あやしいセレーナ

 わたしはひどく落ち込んでいた。それにはいくつか理由がある。

 わたしの周りで妙なうわさが立っているのも一因だ。


 わたしは憤慨しながら渡り廊下を歩く。


「なんなの、あのうわさ。信じらんない」


 それは絶対あるはずのない話だった。


 何でも、放火犯がこのわたしだというのだ。

 わたしが炎の魔法が得意だから、というのが理由らしい。なんなのよその根拠!


「このわたしが学校に火をつけるわけない! なんなら、火をつけた犯人を一番とっちめたいと思っているくらいなのに」


 でも、わたしが落ち込んでいる一番の原因はそれじゃない。


「はあ……」


 自然とため息が出てしまう。


 何だか、最近、セレーナに避けられているような気がするのだ。

 なぜかわからない。

 セレーナがわたしを疑うなんて、あるはずもないし、ただの気のせいかも知れない。


 でも……。


 例えばセレーナは、今朝、怪我をして現れた。膝を擦りむいたらしく、足に包帯を巻いていた。


 わたしは心配になってすぐに訊ねた。

 それなのに、「ちょっと転んだだけ」と言って、理由を教えてくれない。

 本当に転んだだけかもしれないが、いつもと様子が違う気がしてならない。


 たった今も、わたしはセレーナとではなく、一人で教室を移動している。

 セレーナは、ちょっと用があると言って、どこかへ行ってしまった。


「やっぱ避けられてるよね……」


 どこ行ったのかなあ、セレーナ。


「さみちーよー」


 わたしが廊下をとぼとぼと歩いていると、後ろから嫌みったらしい声がした。


「おい」


 振り向くとケインと、ヤン、チェフの三人組が立っている。


「おい放火魔」


 ケインの言葉に、チェフが馬鹿みたいに笑う。ヤンはずっとにやにやしている。

 わたしは無視して行こうとする。


 痩せて嫌味なヤンが、ケインの耳にひそひそ話しかける。


「お前が魔法で火をつけたんじゃないのか。どうやら、炎を操るのが得意らしいからな」


 ケインが顔を斜めに傾け、さげすむように言う。


「わたしじゃない」


 そうきっぱりというと、ケインは、


「さあて? 怪しいもんだな。お前も、お前の友達も」


「友達? どういう意味?」


「あのセレーナとか言う女、はっきり言っておかしいぜ」


 ケインがそう言うと、チェフが、また馬鹿笑いする。チェフは、体はでかいが少しおつむが弱い。


「セレーナのこと侮辱したら許さないから」


 わたしは、本気でそう言った。


「おお怖い怖い」


 ヤンがおどけてみせる。

 本当に腹が立ってきた。わたしが一発お見舞いしてやろうかと拳を握りしめていると、ケインがまた口を開く。


「言っておくけどな、僕はあいつを、校舎一階の西で何度も見ている」


「え……」


 校舎一階西側……火の手が上がったところだ。

 拳から力が抜ける。

 

「犯人は現場に戻るものさ」


 ケインは勝ち誇ったように言った。




   ◆




「でたらめよ。でたらめだわ」


 わたしはまた憤慨しながら廊下を歩いていた。


「ケインのウソに決まってる。ああ、むかつくぅ!」


 ぷんすか腹を立てながら、一階の廊下を曲がったときだった。

 校舎西側の隅に、人がいた。

 わたしは、さっと一歩下がって、廊下の角へと身を隠した。


「誰だろう、あんなところで……」


 あそこは、例の火事騒ぎで焼けた場所だ。

 もう修復は終わって綺麗に直っているが、間違いない。あそこで上がった炎を、わたしは魔法で消し止めた。


 角から顔を出してそっと覗く。


「なにしてるのかな……」


 その人物は、じっと、天井を見つめている。わたしに見られていることは、気づいていないらしい。


「!」


 人物の横顔が見えた。


 わたしは慌てて廊下に隠れ、胸を押さえる。

 変な動悸が止まらなかった。


 わたしは足音を立てないように、しかし早足で、その場を歩み去った。


「何で? セレーナ……」




   ◆




「セレーナ、どこ行ってたの?」


 黒魔術の授業開始ぎりぎりにやってきたセレーナに、わたしは訊ねた。


「ちょっと前の教室に忘れ物しちゃって……」


 ウソだ。セレーナ、ウソついてる。


「そう」


 わたしはそう答えたが、鉛でも飲み込んだみたいに、ずーんとお腹のあたりが重くなる。


 何で? 何でウソつくの、セレーナ。

 わたしは、腹が立つというより、悲しかった。


 セレーナが、わたしにウソつくなんて……。


 セレーナは何事もなかったように席に着く。

 わたしも席に着いたが、隣のセレーナが気になって仕方ない。


 ちらちら横目で、セレーナを見ながら授業を受けたが、全然身が入らなかった。




 昼食の時間。

 わたしはセレーナに話を訊こう訊こうと思って、なかなか切り出せない。

 すると、


「私って、まだまだ未熟だわ」


 セレーナは、食卓の上のスープに目を落としたまま呟いた。


「え?」


 唐突な言葉にわたしは戸惑う。セレーナは続ける。


「剣技には少し自信があったんだけれど、それも驕りだったみたい。グランパレスの隼と行動を共にして、気づかされた」

「そんなことないよ! セレーナの剣は天下一品だよ」


 確かに、グランパレスの隼の三人は凄かった。ガンフレットの強靭さ。ジルの瞬発力。リーズの剛腕。


「セレーナが未熟だったら、わたしなんて……」


 セレーナはちょっと微笑んで、


「ミオンには無尽蔵の魔力。リーゼロッテには膨大な知識。わたしは、どれも中途半端だわ」

「セレーナ……」


 セレーナは遠くを見るような目つきで言った。


「だから、ね。私も何かこれってものを見つけないと」




 昼食の時間も終わり、わたしたちは午後の授業の準備をする。


「セレーナがあんなこと考えたなんて知らなかったな」

(みなミオンのように能天気ではないということニャ)


「しっけいな! わたしだって悩み事のひとつやふたつくらい……」

(主に体重についてニャろ)


「レディにむかってなんてことを!」


(実際、このままだと肥満と呼ばれる領域に入るニャよ)


「ンマー!」


 にゃあ介と言い合いながら、わたしは次の教室へと移動した。




 授業を受けながら考える。

 さっきのセレーナの言葉と、最近のセレーナの行動とは関係があるのだろうか。

 セレーナが色々考えていることはわかったが、わたしを避ける理由になるかな?


 関係あるようでいて、あまりないような気がする。


「うーん」


 セレーナのことを考えてばかりで、やはり授業に身が入らない。


「決めた!」


 わたしは決心する。


「悩んでいてもしかたない。やっぱり直接訊こう!」




 終業の鐘が鳴る。わたしは、セレーナに言った。


「さあ、寮に帰ろ。セレーナ」


 わたしは、帰り道でセレーナから本当のことを聞き出すつもりだった。

 なんでわたしを避けるのか、校舎の西で何をしてたのか。


 しかし。


「ごめん。用があるから、先、帰ってて」


 そう言うと、セレーナは足早に教室を出て行ってしまった。

 セレーナのうしろ姿を見ながら、


「やっぱり、やっぱり、おかしい」


 わたしは泣きそうな声でつぶやく。

 どうしちゃったの、セレーナ。一体何があったの?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ ミオンの悩み事もみゃあ介には筒抜けか。 ……意識共有ってのも難儀ですね(苦笑) しかし肥満体に近付いているのは不味いのではなかろうか(ーー;) [一言] すれ違…
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