第百三十話 ユナユナ先生への報告2
わたしたち以外誰もいない教室の窓から、夕暮れの光が射し込む。
わたしは教室の後ろの隅に立ち、エスノザ先生とユナユナ先生に呼びかける。
「そうです。エスノザ先生は、そこの角に立ってください」
エスノザ先生は右手をシルクハットのつばに伸ばし、左手で右ひじを支えながら教室の角に立つ。
「ユナユナ先生はあっちの角に」
ユナユナ先生は体の前で両手をしっかりと組み合わせ、じっとわたしを見つめる。
先生たち二人は、戸惑いながらもわたしの指示に従い、わたしのいる角とは別の二隅に立ってこちらを見守っている。
わたしは続けてお願いする。
「合図したら、二人とも同時に銀貨を空中で離して、下へ落としてください」
「ミオンさん、いったい……」
「ユナユナ先生、彼女の言う通りやってみましょう」
エスノザ先生の言葉に、コクリとうなずくユナユナ先生。
先生たちが銀貨を持った右手を前へ伸ばす。
わたしは魔力を練りはじめる。
「じゃあ……いきます」
半目になって精神を集中し、体内に力が満ちていくのを感じる――いつもながら不思議な感覚だ。
血が沸き立っているようで、静かに流れ、熱いようでいて――冷たい。
「見よ汝のいぶきの雷光、我に時満ち足りき……」
わたしは目を見開き、手を叩いて合図する。
それと同時に唱える。
「加速魔法<スピード>」
先生たちの手から銀貨が離れる。
耳に響く音の感じが変わる。急に気圧の違う高山に行ったみたい。
わたしは動きはじめた。
まず正面にいるエスノザ先生の方へ。
先生は離したコインから視線をわたしに戻すところだ。
向かって真っすぐ走る。
ゆっくりと先生の瞳がわたしに向けられる……驚愕の色。
わたしは先生のもとへたどり着くと、先生の手と床の中間にあったコインをつかむ。
「まず一枚!」
すぐに身体を90度右へ転回させ、今度はユナユナ先生のいる角へ向かう。
右足に抵抗を感じる。床の上を靴が滑る感覚だ。
おそらく、先生たちの耳には、「キュッ」という摩擦音が聞こえているだろう。
ユナユナ先生の足元にコインがゆっくりと落ちていく。
――このままだと間に合わないかも。
わたしは少しスピードを上げる。
魔力がものすごい勢いで吸い取られていくのを感じる。
ユナユナ先生は口を開きながら、目だけをこちらへ向けている。
高速で動くわたしの姿を必死でとらえようとしているようだ。
机に足を引っかけないように注意しながら、走る。
わたしはユナユナ先生の前までくると、腰をかがめて床スレスレで銀貨を受け止めた。
「二枚、と。よし!」
魔力を練るのを終了する。時は通常通り流れ出す――
――そのはずなのに、先生たちは言葉を発さない。
「あ、あの……おーい」
と、手を振ってみる。
先生たちは動かない。
ユナユナ先生の顔の前でひらひらと手を動かしても、先生は目を見開いたまま固まっている。
アレ? 加速魔法、まだ効いてるのかな?
そんな風に考え出したとき、ようやくエスノザ先生が手を叩きはじめた。
「すばらしい! すばらしいです、ミオンさん」
(びっくりして固まっていただけニャ。ネコにもたまにある)
にゃあ介が言う。そういうことね。
「間違いない。これは遅延魔法とは違う。――加速魔法の復活です。こんなにめでたいことはない……ね、ユナユナ先生」
エスノザ先生が拍手をしながら言う。
わたしはユナユナ先生に目を向ける。喜んでくれるといいんだけど。
ユナユナ先生は、まだ硬直している。
っていうか、まばたきすらしていない。
やがて先生の全身が震えだす。そして……
あれ、ユナユナ先生泣いてない?
「すみません、感動のあまり……」
先生が目元を拭う。
先生、そんなにうれしかったんだ……。
そうだよね、先生、時魔法の教師だもんね。
ずっと待ってたんだよね。この時を。
「先生……」
思わずもらい泣きしそうなわたしに、深々と頭を下げ、先生は言った。
「ミオンさん、ありがとう。ありがとうございます。本当に」




