第十二話 わたしの力
洞窟の中は、ランプが備え付けられているとはいえ、外よりは大分暗い。ただでさえじめじめと薄気味悪いところなのに、明かりが少ないと落ち着かない気分になる。魔物が出るとなれば、尚更だ。
初心者の洞窟と名前は付いているが、わたしは初心者どころかまともに戦ったことすらない。情けないが、生まれたての赤子同然だ。
何かが視界で動き、わたしは、ひっと声をあげかける。何だ、ランプの炎が揺れた影か……。
恐怖心に耐えられなくなり、気を紛らわそうとにゃあ介に話しかけた。
「ねえ、戦い方のコツを教えてくれるの?」
そう、それが早く知りたかった。聞いたら、わたしでも強くなれるのかしら。そしたらこんなに怯えなくてすむの? 教えて、にゃあ介。はやくはやく!
しかし、返ってきたのはつれない返事だった。
(いいや)
「え、何なのよ。じゃあどうするの」
(とりあえずワガハイの言うとおり動け)
「言うとおり、って言ったって……」
(それぐらいできるニャろ。……来たぞ)
「!」
洞窟の中には、いくつかの分岐点がある。ここは初心者の洞窟らしく、大きな一本道が入り口から続いていて、そこから左右に小さな枝道が伸びている形だ。その枝道もさほど深くないようで、これなら迷う心配もない。
その枝道の一つから、スライムが顔を出した。
先ほどわたしがびびって逃げ出した相手だ。ぽよぽよと柔らかそうな見た目とは裏腹に、その強さはあなどれない。ギルドで聞いた話ではある程度堅くなったり、噛みついたりもできるらしい。
スライムは、ぴょんぴょんと何度か跳ねると、わたしめがけて襲いかかってきた。
「きゃあっ」
(落ち着け。落ち着いてワガハイの言うことを聞け)
落ち着けって言われて、落ち着けるもんじゃないよう。
(よけろ、左だ!)
「こっち?」
わたしが避けようとすると、もろにスライムの体当たりを食らった。肺から空気が押し出される。
「ぐほっ。……ちょっと、話が違うじゃない」
(左から来る、ではない。左へ動け、だ。ワガハイが左と言ったら左、右と言ったら右へ動け。……右!)
わたしはとっさに右へ動く。すると、拍子抜けするくらいするりとスライムの攻撃をかわすことができた。
(左!)
次は左へかわす。
(右! 左! 左! 右! ……しゃがめ!)
にゃあ介の言うとおりに動くと、スライムの体当たりを面白いようにかわすことができる。確かに偉そうな口をたたくだけわあるわ。わたしは感心した。
(いいぞ、わかってきたな)
「ていうか、言われたとおり動いてるだけですけどね」
(最初はそれでいいんだ。繰り返すうちに、体が覚える)
反復横飛びの繰り返しみたいなことをして、延々とスライムの攻撃を避け続ける。
(そろそろ攻撃に移るぞ)
「攻撃?」
そうか、いつまでもこうして避け続けている訳には行かない。勝つためには、攻撃するしかないんだ。そんな当たり前のことも、頭から抜けてしまうほど、わたしは戦いに慣れていなかった。
(左! 短剣を抜け!)
わたしは腰の短剣に手をやった。一瞬、取り落としそうになるが、何とかつかむ。そして一気に引き抜いた。
(右、左! 次、いくぞ……左、今だ!)
わたしはにゃあ介の合図とともに短剣を振り下ろした。
べちゃっ、音がして、短剣がスライムを切り裂く。
「当たった!」
わたしは動きを止め、今仕留めたスライムを見下ろした。
床に叩きき落とされたそれは、しばらくぴくぴくと震えた後、動かなくなった。続いて、パシュッと言う音とともに魔石化が起こる。小さな、水色の石が現れた。
「やったー!」
(まあまあだな。だが、短剣は振り下ろすより突き刺した方がいい。そして、何より大事なのは「残心」だ)
「ざん、しん?」
(そう。心を残す。倒したと思っても、気を抜くな、ってこと。……次はもっとうまくやれ)
「はーい、先生」
そう返事をすると、わたしは、初めて自分が倒したモンスターの魔石をにやにやしながら見つめた。
そしてわたしはスライム狩りを続けた。
これでもう、何匹目だろうか。大分慣れてきて、にゃあ介の指示も少なくなってきている。
わたしが敵をかわすため上下左右に動いていると、突然にゃあ介の声が言った。
(やはり、な)
「何がやはりなの?」
(ミオン、今まで黙っていたが)
「何よ、何? きゃあ!」
わたしはスライムを避けながら、にゃあ介に訊ねた。
(ミオン、おぬしバカみたいに怖がってばかりいるが、自分の力に気づいているか?)
「バカみたいって何よ……え? わたしが何だって?」




