第百二十七話 王都をあとに
気がつくと、リーゼロッテとセレーナが心配そうにわたしを覗きこんでいた。
「う……ん……」
「気がついたぞ」
「ミオン、大丈夫?」
しばらく状況が飲み込めない。
「え、と……なんだっけ」
やがてわたしは教会でのことを思い出す。
時の魔法を使った反動は、思ったよりも大きかった。
「そうか、わたし、魔力を使いすぎて……」
教会で倒れたわたしは、セレーナの別邸へ運ばれたらしい。
いつも通りユリナさんによってベッドメイキングされた寝床は、清潔で気持ちがいい。
セレーナとリーゼロッテの二人だけで運んだのかな?
あの修道士たちが手伝ってくれるとは考えにくいし……。
もしかして、リーズ・エアハルトが?
「……調子に乗っちゃった」
わたしは二人に向かって微笑む。
「……大丈夫、みたいだな」
「もう、心配させないで」
セレーナはため息をついて、
「でも、びっくりしたわ、ミオンの動き。すごかった」
「ああ、たしかに。目にもとまらぬ速さで燭台を受け止めたな」
二人が口々に言うので、顔がほころんでくる。
そう、わたしは時の魔法で加速して、とんでもない動きをすることができたのだ!
「えへへ……よいしょ」
起き上がろうとすると、
「もっと寝てていいのよ」
とセレーナ。わたしは首を振って、
「もう平気!」
と、胸を張ってみせた。
◆
「お嬢さま」
執事のバートさんが部屋の外から呼びかけてくる。
「バート、入っていいわよ」
「ミオン殿の容態はよろしいのでしょうか」
心配そうなバートさんが扉を開け、顔を出す。
「ええ、問題ないみたい」
セレーナが答えると、
「夕食の準備ができております」
とバートさん。
「ありがとう、バート。さっそく頂くわ」
わたしも、
「ありがとうございます」
とお礼を言う。
「まだお休みになられていなくてよいのですか」
「うん、もうすっかり元気! それより、お腹すいちゃった!」
バートさんはカラカラと笑う。
「それでは、こちらへ」
わたしたちは白くて綺麗な廊下を歩き、食堂へ向かう。
「やっぱ、これ大理石かな……?」
今だにこのセレーナの別邸には驚かされる。わたしは前の世界でも冴えない小市民だったからなぁ。
わたしはそんなことを考えながら、なるべく前だけを見て歩いた。あんまりキョロキョロしたら失礼だもんね。
広い食堂には何十人も座れそうな大きなテーブルにレース編みの美しいテーブルクロスがかけられている。
そして人数分のナイフとフォーク、スプーンが用意され、ランチョンマットが敷かれていた。
「お座りください」
バートさんが、全員の椅子を引いてくれる。
「まもなくお食事をお持ちしますので」
そう言って、その場からさがろうとしたバートさんに、わたしは訊ねる。
「ね、バートさんは食べないの?」
「わたくしは、皆さまの食事が終わられましたら頂きます」
「ふーん。……ユリナさんは?」
「ユリナも、のちに、キッチンの隅で頂きますので、ご心配なく」
「うーん」
わたしは唸る。
「どうされました?」
バートさんの問いに、わたしは思い切って言ってみた。
「……そんなのつまんないよ。みんなで食べよう!」
するとバートさんは、
「なんですと?」
とバートさんらしからぬ、素っ頓狂な声を出した。
「五人でいっしょに食べようよ。その方が楽しいよ」
バートさんは髭に手をやり、首を45度傾けて目を白黒させている。
「ま、参りましたな……」
◆
セレーナ別邸の食堂。
いま、ここは笑い声に満ちている。
食卓についているのは、セレーナ、わたし、リーゼロッテ、バートさん、ユリナさんの五人。
「いや、まったく、ミオン殿には参った。こんなことは前代未聞でございます」
「あはは、でも楽しいでしょ?」
ユリナさんが
「ええ、とっても楽しゅうございます」
と即答する。
「お食事はお気に召しまして?」
「こんな豪華な食事は初めてだ」
今度はリーゼロッテが即答する。
ユリナさんは、
「よかった! これは、今朝海から送られてきた、スライシャロンをまず白焼きにしまして……」
と、料理の説明を始める。
ふむ、ふむ、とうなずきながら熱心に聞いているリーゼロッテ。
魔法だけじゃなくて料理にも貪欲とか、どんだけ知識欲旺盛なの。
(ミオン、この魚は格別だぞ! 今のうちに食い溜めしとくニャ!)
なんかもうひとり大騒ぎしてるのがいる。
「お父さまと来たときも、こうしたらよかったわ」
セレーナが言うと、一瞬、しんみりとした空気が流れる。
「お父さまも、きっと喜んだと思うわ」
「ええ、ユリウスさまなら、きっと」
「そうですな」
ユリナさんも、バートさんも同意する。セレーナのお父さん……ユリウスさんって、やさしくて面白い人だったんだろうな。
「こんどはお母さまも連れてくるわね」
「是非に!」
バートさんは笑顔でそう言った。
◆
翌朝、わたしたちは王都を発った。
別邸を出るときは、バートさんとユリナさんが揃って見送ってくれた。
「ありがとう、バート、ユリナ。世話をかけたわね」
「礼には及びませぬ。また、なんなりと」
わたしとリーゼロッテも頭を下げる。
「ありがとうございました。また来ますね!」
「約束ですよ、ミオンさん、リーゼロッテさん」
そう言うユリナさんは、少し寂しそうに見えた。
「うん、絶対来る!」
わたしがそう言うと、ぷっと、ユリナさんが吹き出す。
「お嬢さま、いいお友だちができたみたいで、安心しましたわ」
「そんなこと……」
わたしが謙遜しようとセレーナを見る。
「友だち……」
セレーナは鳩に豆鉄砲を打たれたような顔をしていた。
そして、少し頬を赤くして言った。
「そうなの。自慢の友だちよ」
うっ。セレーナ、ぐっとくること言ってくれるじゃん。
ユリナさんは優しく微笑む。
「それでは、お嬢さま、また」
「ええ、二人とも元気でね」
名残惜しいけれど、わたしたちは手を振って、歩き出した。
セレーナ邸の前の道は真っ直ぐで、長い。
それでも二人は、その姿が見えなくなるまで、見送りつづけてくれた。
「あー、楽しかった」
わたしが言うと、
「よい人たちだったな」
と、リーゼロッテ。
「うん。セレーナはいいなあ、あんな人たちがついててくれて」
「そうね。あの二人には感謝してるわ」
そうセレーナも言う。
「ようし! やる気出てきた」
わたしは自然と小走りになる。
「ちょっと待ってよ、ミオン」
セレーナとリーゼロッテが後ろから追いかけてくる。
わたしは腕を大きく伸ばして前方を指さし、言った。
「それじゃ、帰ろう……ルミナスへ!」




