第百二十二話 下山
「セレーナ……」
リーズの口からぽろりとこぼれる。
リーズは立ち尽くし、信じられない、と言う顔でセレーナの後ろ姿を見ている。
セレーナは聖剣エリクシオンをワイバーンの額から抜き取る。
ワイバーンがどさり、と地面に崩れ落ちる。
セレーナは振り返ると小さく微笑んだ。
「強くなったわね、リーズ」
「セレーナ、どうして……?」
セレーナは剣を振り血糊を払うと、鞘に収める。
肩にかかったブロンドの髪をなおし、言う。
「ウワオギっていってね、ドラゴンのブレスを軽減する魔法」
わたしは思う。リーズの「どうして」は、きっとそういうことじゃない。
でも……たぶんセレーナはあえてはぐらかしてるんだ。
「私もちょっとは強くなったかしら?」
リーズは、何も言わずにセレーナを見つめる。
小さく息を吐いて、セレーナは言う。
「家を出てから、私もたくさん稽古したわ。強くなるために」
セレーナは遠くを見つめる。
「魔法を学びにルミナスへ向かったのも、そのため。そこでミオンたちに出会ったの」
見上げた空はどこまでも青く、風が雲を送っている。
「ごめんなさい、リーズ。わたしにはまだやることがあるわ」
「…………」
「導く三日月っていうパーティー名は、ミオンが名付けたの」
それから穏やかな声で、こう付け加えた。
「私、導く三日月という名前、とても気に入っているわ」
◆
わたしたちは、急いで下山をはじめた。
今日中に王都へ着くためには、かなりのハイペースが要求される。
道中、リーズはむっつり黙ったままだったが、先を行くその背中は少しさびしそうにも見えた。
グランパレスの隼はワイバーンの素材を担いでいるいるのにもかかわらず、ものすごいスピードで歩いて行く。
わたしたちはついていくのでやっとだった。
辺りが真っ暗になるころ、わたしたちは王都に帰り着いた。
王都の灯りが疲れきったわたしたちをやさしく迎えてくれる。
「ここでいいのかい? 気をつけて帰るんだよ」
槍使いのジルが言う。
「まあ、きみたちなら心配ないだろうけど」
「ありがとうございます。……すみません、わたしたちのペースに合わせてもらってしまって」
わたしたちは礼を言う。
「礼には及ばないよ。見た目よりも健脚で驚いたくらいだ」
「それじゃあな、じょうちゃんたち。ほんとに素材もらっちまっていいんだな?」
ガンフレットが肩の上を指さして言う。
「あ、どうぞどうぞ」
わたしたちが言うと、ガンフレットはニッと微笑んでみせる。
「ありがとよ」
「いいんです。そもそもわたしたちじゃ請けられない依頼だったし……」
そこでジルが思い出したように言う。
「なあ君たち、君たちはいったい何ランクなんだ?」
ジルに訊かれて、わたしはためらいながら答える。
「あの……Fです」
途端に、ガンフレットが素っ頓狂な声で叫ぶ。
「F!? FってFか?」
ガンフレットは自分でそう言っておかしくなったらしく、豪快に吹き出す。
「はは……信じられないな」
とジルも笑う。
わたしが恥ずかしくて黙っていると、
「なあ、もっと上を目指す気はないのかい?」
ジルは言う。
「うーん……」
わたしはセレーナとリーゼロッテの方を見る。
しかし二人はどうもピンときていない様子だ。
二人とも、もともと冒険者ランクにはそれほど興味があるわけじゃなさそうだったしなあ……。
「上位ランクになれば、請けられる依頼が圧倒的に増える。今回のワイバーン討伐のような依頼だって、どんどん請け負えるんだ。どうだい、君らなら問題ないだろう」
そう言うと、ジルはポケットからランクバッジを取り出して見せる。
「これを持っているだけで、ギルドでの扱いが全然違うんだよ」
「わー。Sランクのバッジですかー」
わたしはジル出したバッジをのぞき込む。
Fランクバッジと比べると、すごく豪華でかっこいい。
するとわたしの真うしろから、セレーナの声が上がった。
「ミオン、Sランクを目指すのも悪くないかも」
「え?」
どうしたのセレーナ。急に態度変わったけど?
「ミオン、どうかしら。Sランク」
セレーナの目がジルの手元にくぎ付けになっている。
「ミオン、Sランク」
ちょっとちょっと。明らかにバッジに惹かれてるでしょ、セレーナ。
「う、うん。またみんなで考えてみよう」
わたしはなんとか興奮気味のセレーナをなだめる。
それから、ポカンとしているグランパレスの隼たちに向かって、
「それでは……失礼します」
と頭を下げる。
「……おう、またな!」
ガンフレットが斧を上げる。重そうな大斧をいとも簡単にひょいと。
「またね」
ジルは二本指をおでこの前で振ってみせる。額に垂らした前髪が揺れる。
好対照だけど、この二人って面白いコンビだなあ。
また会えるといいな。
わたしたちが、セレーナの別邸へ向かって歩き出そうとしたとき、
「待って」
それまで黙っていたリーズがようやく口を開いた。
リーズは感情の読めない声で、こう言った。
「約束だったわね……明日、教会に話をつけてあげる」




